第41話イーディス ~フィルシアール~

※フィル視点

ーーーー


「なぁ、坊主」

「なんでしょう?」

「ブラッディ・アウラウネって、ここまでしねぇと倒せねぇ魔物だっけ?」

「いえ、本体部分を傷付ければ簡単にですが…」

「だよなぁ」


 ガルフォンと僕はそんなやり取りをしながらブラッディ・アウラウネを燃やし尽くす火柱を見つめる。


『人喰い花ブラッディ・アウラウネ』は簡単に倒せる魔物だ。

 今回は特殊な登場をしたブラッディ・アウラウネだが、本来は上半身の女性が魔物に捕まったフリをして男性に助けを求め、油断させて近づいてきた男性を本体部分に隠れ付いている巨大口で喰らうのである。

 戦闘する時に気をつける点がひとつだけあるとしたら“魅了”という、人々を自分に夢中にさせる“精神攻撃”だが、ブラッディ・アウラウネの“魅了”は『女性ひと


「俺は“魅了”

「……………」

「おーい、スルーすんなー」

「……………」

「……否定はしねぇんだな」



 僕はガルフォンの言葉には何も答えず、塵となったブラッディ・アウラウネを見つめる。

 彼は約2000歳だったはずだが、


「……ほんとに変わらない」

「ん、坊主何か言ったか?」

「いえ、なにも。……ハルの様子は」

「嬢ちゃんはお頭と一緒だぞ」


 ガルフォンはハルとティティが佇んでいる方を親指で指差す。どうやらふたりで何かを話してるようだ。僕が声をかけようとした時、僕の目前に桜の木が生えた。


「……っ!」

「おい、坊主っ!」

「フィル君!?」

「フィル!!」


 僕の驚愕と3人の声が重なる。


「…これ…は」


 懐かしい桜の木に僕は1歩後ずさる。



 僕の声を合図に桜の木はメキメキと音をたてて、褐色の肌に長細く尖った耳、前髪が分かれ足元まで伸びた黒髪を、イグニーアぼくがアルドに託した、ムツキの形見でもある、真っ赤な大きなリボンで緩く結んで、全身黒一色の魔術師の格好をした、男性のダークエルフに変化する。盲目の何も見えてない銀色の瞳が真っ直ぐ僕を見据える。


「…この、お前が?」

「そうです」


 エルフや、彼のようなダークエルフは“個人の魔力の質の違い”を感じるのに長けた種族で、フィルシアールイグニーア前世の経験値だけでなく“魔力の質”も引き継いでいることは分かっていたので、イーディスの問いかけに頷く。


「何色だ?」

「え?」

「髪と瞳の色はだ、か?」


 ああ。

 銀髪と緋色の瞳この色の“意味”も“不老長寿”の一族だからこそ知ってる可能性はあったけれど、あれだけ伝えないでと口止めしたのに、アルドはイーディスにイグニーアぼくが何をしたかを包み隠さず、全てを話してしまったようだ。僕は後ろめたさでイーディスから顔を背ける。


「………そう…です」


 その一言を聞いたイーディスは、僕の右腕を力強く掴むと、僕を引き連れて誰もいない森の奥へ消える。


「えぇえぇえぇ?」

「お、おい。待って」


 ハルとガルフォンは困惑し、僕を引き留めようとしたガルフォンの腕が宙に漂ったままだった。


「……………」

「あ。お、お頭…」


 ガルフォンがティティの表情かおを見て青ざめる。





 ーーーー





 ザッザッザッと草木を踏み分ける音だけが響く。

 イーディスはあらゆるモノの場所を把握する“魔力関知”を使用している為、盲目でも木々などの障害物にぶつからずに進むことが出来る。


(…イーディス)


 僕は右腕うでを掴む、イーディスの後ろ姿を静かに見つめる。

 彼の黒髪と真っ赤な大きなリボンが風に靡く。そのリボンを見て僕はイグニーアとアルドがした最後のやり取りを思い出す。



『…兄上、本当に“”を行うんですか?』

『…ああ。もう時間がないからな』

『考え直していただけませんか?』


 ムツキが“封印生贄”に捧げられてから16年の月日が流れていた。

 19歳だったイグニーアは35歳に、弟のアルドは31歳、隣国に和平のために嫁いだ妹のレーナは30歳に成長した。アルドの問いかけに、ぼくはふるふると頭を振る。

 ぼくは自身の真っ白な手袋を脱いで、紫が混ざって黒黒く変色した両手を見つめる。変色これは、ぼくの首から下全体に広がってる。まもなく顔にも広がり、


(このまま無駄死するつもりない)

『アルド。頼みたいことがあります』

『…な…なんでしょう』


 アルドは項垂れたまま返事をする。


『イーディスの“”先を発見できたら、これを彼に渡してください。ムツキの部屋に残されていた、彼女のリボンです。それと、ぼくがこれからすることは彼には言わないで…』


 ぼくはアルドに真っ赤な大きなリボンの束を渡す。


『それからティーニャが王城ここに訪ねて来たら「すまなかった」と伝えてください』

『じ、自分で伝えたらいいじゃないですかぁ』


 項垂れたアルドの両目から、大量の涙が零れる。そんな弟をぼくは優しく抱きしめる。

 イグニーアはムツキの事があり【魔王城】の【封印の間】に行く勇気がなく、1度も【魔王城】を訪れなかった。もし訪れていればティーニャが既に亡くなっていることも気付き、ティティの過去話でショックを受けることも、恐らくなかっただろう。


『全てを弟妹に背負わせる不甲斐ない兄を許してください』


 ぼくはアルドの額に口付けを落とすと、銀と赤色の鎖が絡まる魔法陣の中に入って行く。


『アルド元気で、レーナにもそう伝えて』


 こくこくとアルドは頷く。

 これがイグニーア国王陛下とアルド王太子殿下がした最後の会話で、その後、ディアーナ王国中にの知らせが広まり、その1年後、喪が明けてすぐアルド王太子殿下は国王に即位したー…。



「イグニーア」


 僕、フィルシアールはイーディスの声で現実に意識が戻る。イーディスは静かに僕を見下ろす。


現世いまの名前は?」

「……フィルシアール」

「フィルシアール、お前がここに来た目的はなんだ?」

「………アルドから聞いてませんか?」

「…聞いているが、お前の口から直接聞きたい」

「僕はを“解放”したい」

「……“封印”が解かれた時、聖女の魂は解放さていないのか?」

「ええ。がそう言っていましたから」

「ムツキ?」


 僕の言葉にイーディスは怪訝そうな顔をする。


「……イーディス、落ち着いて聞いて下さい」

「…っ、この“魔力の質”は」


 僕が告げるより先にイーディスがハルの“魔力の質”に気付いて、ハル達が居る方向を見つめる。僕はそんなイーディスを見つめながら、


「今代の聖女は…貴方の恋人だったムツキの生まれ変わりです」

「聖女がムツキの生まれ変わりだと、どういうことだ?」


 千年前の魔王“封印”からムツキの魂は、歴代の聖女達の魂と共に、千年間ずっと【魔王城】に成仏することなく、留まっていることを理解しているイーディスが、ムツキが転生してることに疑問を持って、問いかけてくる。


「実は…」


 僕はルティルナの都でガルフォンとティティから聞かされた、リディエール現公爵宰相の中に居るナニかと、千年前ティーニャに起きた出来事とムツキの魂が半分だけ転生したこと、不完全になった魔王の“封印”について語る。イーディスは静かに僕の言葉に耳を傾ける。


「そうか、俺が捕らわれてる間にそんなことがあったんだな」

「…ええ」

「フィルシアール、俺から離れていろ」

「え?」


 イーディスは僕から離れると、上空に右手をかざす。


「万物に宿る力よ、我を護りたまえ〈スクートゥム〉」


 イーディスが魔術呪文を詠唱すると、発光した魔術陣がイーディスの下に現れ、そこから透明な円形の膜が彼を包む。その直後ガシャンと巨大な氷の塊が、円形の膜〈スクートゥム〉にぶつかり、氷の塊が粉々に崩れ散る。

 エルフやダークエルフが使う魔術は魔術呪文の有無や魔術呪文の長さによって『無詠唱<短い魔術呪文<長い魔術呪文』の順で強さと難易度が変化する。


 僕が氷の塊が放たれた方を見上げると、上空からフゥに乗り、怒りを纏ったティティが冷ややかにイーディスを見下ろしていた。


「…ねぇ、ボクが…誰か…分かる?」


 ティティがそうイーディスに問いかける。

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