着せ替えサボテン
胡瓜。
着せ替えサボテン
俺の家のサボテンは着替えをする。
母が頻繁に植え替えをするのだ。
月に2回程度、そして同じ物は使わない。
よって、私よりもサボテンの方が衣装持ちだ。
殆どの鉢は不格好でサボテンの小さくて可愛いイメージには似合う物じゃない。
というか、そもそも植木鉢用のものではない入れ物が殆どだ。
母曰く、サボテンは強いから大丈夫、とのことだが
実際の所はどうなのかわからないし、
調べようとも思わない。好きじゃないから。
「起きなさい、朝よ」
朝、いつも通りの母の声が聞こえた。
ベットから起き上がり大きく伸びをする。
カーテンの隙間から鬱陶しい光が舞い込み目を焼く。
めんどくさ、無意識にそう口から溢れた。
「おはよ! お父さんは先に工房に行ったからね」
母は快活にそう言いながら焼いた食パンを食卓に運んでくる。
「……おはよう」
無造作に椅子を引いて座る。
食卓には食パンとベーコンエッグ、ポタージュスープが
学食のトレイの上のように綺麗に並んでいる。
そして、視界の端には例のサボテンが置いてある。
「このサボテンここに置くならせめて綺麗な鉢に入れなよ。
こんな土臭いもん、置くなよ」
「あらいいじゃない。流行のボタニカルってやつよ」
「はぁ……いいように言うよな」
母は俺の言う事を相手にしない。
俺はサボテンが嫌いだ。
だけど、せめて飾るなら綺麗な物にして欲しい。
コレのせいで毎朝不快な気分で始まる。
もっと目につかない所に置いてくれればいいのに。
「ごちそうさま」
手を合わせ、そそくさと作業着に着替え支度を整える。
「いってらっしゃい」
母の呑気そうな声を背後に父の待つ工房へ向かった。
サーーッ。
父がろくろを回す音がする。
「おはよう、父さん」
「……」
ろくろの上の土は父の掌に撫でられ、まるで魔法のように変化し続けている。
現在十九歳の俺は家業を継ぐために修行中の身だ。
年少からろくろに触り、中学の頃にはコンテストに
ノミネートされる程の腕前だった。
しかし、高校に入り大学に行くという夢を抱き始めた時から
上手い作品が作れなくなっていった。
父との話し合いにより受験をしてもいい事になった。
しかし、もし失敗したらろくろ職人を継ぐという約束をした。
ありきたりな話だったがプレッシャーに弱い俺は
ありきたりな話通りの展開になり
こうして、今日も工房にいる。
父の作業が終わった。
土塊は滑らかな曲線が描かれた湯呑み変わっていた。
「さぁ、始めるか」
父の横に座り土を捏ねる。
「今日はどうだ」
「どうもこうも、いつも通りだよ」
「そうか」
捏ねた土をろくろにのせて回す。
ぬめりとした土に手を合わせながら、
先に父が作った見本に擬えて成型していく。
以前はこの作業が好きだった。
これ以外のことを忘れ、土とだけ向き合うと
アマチュアながらに職人になった気分になれたからだ。
が、今は一切集中できない。
大学進学が諦めきれずにいる。
グチャリ、力を入れすぎて潰してしまった。
ろくろの上で土塊が形なく回っている。
「またか」
「ごめん」
父のため息混じりの言葉に申し訳なさを覚える。
「まあ、できたものを自分で壊さなくなっただけでも良くなったがな。
頼むからちゃんとしてくれ」
「はい」
また、土を捏ねる。
夕方までろくろを回した。
何個か作ることができたが、ムラがあり
とても完成したと言える代物ではなかった。
「どう?」
母が工房を訪ねてきた。
「いつも通り」
「そう、もらっていくね」
俺の駄作を母はトレイに乗せて回収していく。
「捨てればいいのに」
「そんな事できないわよ。大事な我が子の作品だもの」
母はそう言って家に戻って行った。
受験に失敗してろくろの修行を改めて始めた頃、
俺は作っては癇癪を起こして投げ割っていた。
身が入らない苛立ちと受験に失敗した喪失感が
俺にそうさせたのだ。
そんな作品達を守るかのように
母はある日から作ったものを回収するようになった。
そして、サボテンを買ってきて着せ替えるようになった。
最初は強く反発した。駄作を毎日目につく所に置かれると
まるで当てつけをされてるような気分になったからだ。
しかし、母があんな駄作を大事そうに使っているのを見て
反発心は鎮静していった。が、雑念はいまだ消えず、作品も作れない。
俺の家のサボテンは着替えをする。
俺がこさえた駄作を着て食卓に居座っている。
俺はそんなサボテンが嫌いで、サボテンに着せるようなものを
依然として作ってしまう自分が嫌いだ。
俺はうえきばちしか作れない。
着せ替えサボテン 胡瓜。 @kyuuri-no-uekibachi
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