第6話 入隊祝い


 その日の夜、怪我人以外は皆、兵舎の食堂に集まり、マリアの入隊祝いをしていた。テーブルの上には沢山の料理と酒等の飲み物が並べてある。


「マリア、第2部隊だって? なんで第8じゃねーんだよ?」


 マリアの幼なじみで、よく一緒に剣の稽古をしていたイシロスが隣の席に座った。


「私が希望した訳じゃなくて、エレニ隊長が……」


「あーっ!! ずりーな、エレニ隊長。自分のとこにマリアが欲しかったんでしょ?」


「私は私情を挟んではおらん! ゾイのところには置けないから、第2にしたまでだ。文句を言うな!」


 エレニもイシロスももう程よく酔っていて、顔を少し赤く染めていた。


「ゾイ隊長は、過保護だからなぁ。でも、これでマリアと一緒に戦いに行ける可能性が出来たんだなぁ。俺は嬉しいよ!!」


 イシロスが本当に嬉しそうにマリアの肩に腕をまわす。


「誰が過保護だと?」


 そんなイシロスとマリアの後ろにゾイが立った。


「うわっ!! ゾイ隊長!! いらしてたんですか!?」


「見回りついでにちょっと覗きに来ただけだ。おまえは、少し酔いを覚ませ」


 少し不機嫌そうなゾイに、マリアの肩にまわした手を掴まれたイシロスは、外に連れ出された。


「マリアに酒なんて飲ませてないだろうな?」


「飲ませる訳ないじゃないですか。あいつが酒弱いの、一番よく知ってるの、俺ですよ?」


「ならいいが……。あと1時間程したらあいつを連れて帰る。それまで、頼んだぞ。くれぐれも酔い潰れるなよ」


「了解です」


 ゾイの後ろ姿を見送ると、イシロスは深い溜め息をつき、食堂に戻った。すると、イシロスが座っていた場所には他の隊員が座って、マリアと話をしていた。


「マリアと宴会するなんて初めてだよなぁ。ゾイ隊長もいつもこういう場にはあまり顔を出さずに帰ってたしなぁ」


「そういえば、ゾイがお酒飲んで帰って来たことってないかも」


 唯一のスマラグドスの称号を持つ騎士がいる部隊だというのに、遠征もせず、日帰りで行ける範囲にしか出陣しない第1部隊。それは、城を警護するという名目もあったが、何より、ゾイがマリアを独りにしたくないと願ったからであり、人間ではない妹を持つゾイの事情を理解しているクロエが、それを許可しているからであった。少しでも家に帰れる時間があるのなら、帰る。ゾイは、ずっとそんな生活をしてきた。

 楽しそうに話すマリアを笑顔で見つめながら、イシロスは少し離れた席で再び酒を口にした。


「マリア、これ飲んでみろ。きっと美味いぞ」


 第8部隊隊長バシル・サラミスが上機嫌で手に持っていた瓶の中身を空いているグラスに注いで渡した。それは、とても甘く、のどごしもよく、ほんのり暖かく咽を通って行った。


「うわ、本当に美味しいですね。これ、なんですか?」


「第6都市ギランガの隠れた名産だ。気に入ったのなら、今度また持って来てやるぞ」


「ありがとうございます、バシル隊長」


 マリアは頬をほんのり赤く染めて、美味しそうにその飲み物を飲んでいた。

 その時、他の隊員と話していたイシロスがバシルとバシルが持つ瓶に気付いた。


 ────げっ!! あれは、ギランガの!?────


 慌てたイシロスは、バシルの側へと走った。


「隊長!! 何してるんですか!! そんな強い酒、マリアに飲ませないで下さい!!」


「まぁ、いいじゃねーか! 祝いの席で主役に酒飲ませて何が悪い?」


 イシロスは、そうとう酔っていると思われるバシルの太いたくましい腕を首にまわされ、身動きが取れなくなった。その目の前で、美味しそうに飲み物を飲んでいるマリアの姿が……。


 ────うわぁ……、ゾイ隊長に殺される……────


 そんなイシロスの心の内など知らぬバシルは、イシロスにお構いなくマリアにどんどん酒を注ぐ。そして、自分も楽しそうに飲んでは、マリアと話していた。


 ────うちの隊長、酒豪だからなぁ……。まずいなぁ……────


 バシルがマリアに飲ませていたのは、甘くて飲み易いものではあったが、とても強い酒だった。マリアはそれを酒だと思わずに飲んでいる。


「なんだ、イシロス。隊長につかまったのか? 何やらかしたんだ?」


「な……んっにもっ……しっ……て……ねぇ……よっ……」


 バシルの力が強すぎてうまく声が出ないイシロスを、仲間の隊員達は助けようとはせず、皆、おもしろがって見ていた。


「バシル隊長、そろそろイシロスを離してあげてください」


 そんなイシロスにやっと気付いたマリアは、バシルに言った。


「あぁ、おまえ、何しに来たんだったかな? 悪い悪い」


 バシル隊長は豪快に笑うと腕を離した。


「隊長! あなたも飲み過ぎです!! マリア、それ、酒だ!! 飲むな!!」


 息を切らせながら言うイシロスにマリアは驚愕した。


「……え? これ、お酒だったの?」


「一口で気付けよぉ……」


 イシロスは頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「今、水持って来てやるから、何も飲まずに待ってろよ!!」


 そう言うと、イシロスは急いで水を取りに行った。


「なんだよ、せっかく盛り上がってるのになぁ?」


 バシルは少し不機嫌そうにイシロスをちらっと見た。


 ────やばい、どうしよう。ゾイに怒られる……────


 マリアは今迄飲んでいた酒が入ったグラスをじっと見つめた。


「おぅ、足りないか? まだあるぞ」


 そんなマリアを見て、バシルが再び酒を注ぐ。


「……いえ、私はもう……」


「いいじゃねぇか。俺の酒が飲めねぇって言うのか?」


 上機嫌だったバシルが、少し不満げに顔を歪めた。


「あ……いえ……、すみません、いただきます」


 マリアは断わりきれず、つい一気にその酒を飲み干してしまった。


「おぉ、いい飲みっぷりじゃねーか」


 バシルは再び上機嫌になり、酒を注ぐ。


「マリア、ほら、水!!」


 そこに、イシロスが水を汲んで戻って来た。


「ありがとう、イシロス……」


「水だと? おまえ、主役に水なんて飲ます気か?」


 バシルに睨み付けられたイシロスは大きく溜め息をついた。


「隊長!! もう勘弁して下さいよぉ。ゾイ隊長に殺されても知りませんよ!!」


「ゾイなんて放っとけ。……なぁ、マリア?」


「イシロス、大丈夫だよ。ほら、私、そんなに酔ってないし」


「後で来るんだよ、その酒はぁ……」


 イシロスの心配をよそに、マリアは水を取り上げられ、酒の入ったグラスを握りしめていた。しかし、それは暫くの間、減る事はなかった。

 仕方なくマリアの様子を少しの間黙って伺っていたイシロスは、マリアの異変に気付いた。


「おい、マリア、ここで寝るなよ。もう少しでゾイ隊長が迎えに来るから、それまでなんとか起きてろ」


 こっくり、こっくりと、居眠りを始めたマリアの側にイシロスは近寄り、そう耳打ちした。


「ゾイ? ゾイが来てくれるの?」


「そうだよ。久し振りに2人で帰るんだろ? ほら、しっかりしろよ」


「……そっかぁ、帰れるんだぁ……。……ゾイ……」


 マリアはそこまで言うと、テーブルに倒れ込んだ。


「おい! マリア!!」


「なーんだ? もう酔い潰れたか? このくらい飲めなきゃ、兵士なんてやっていけないぞ?」


 慌てるイシロスを気にもとめず、バシルは大笑いした。


「ゾイ隊長だって飲めないけどちゃんとやってるじゃないですか!!」


 そんなバシルにイシロスは必死に反抗した。


「誰が飲めないって? 俺は飲まないだけだ」


 クロエが気を遣いゾイの仕事を早めに切り上げた為、予定より早く食堂に来たゾイは、怒ると言うより、呆れたといった顔をしていた。


「ゾ……ゾイ隊長!? 俺じゃないっすよ! ちょっと目を離した隙にうちの隊長が……」


 焦るイシロスを一瞥し、ゾイはバシルの手に持たれている瓶を見た。


「ギランガの名酒……ですか?」


「おぉ、そうだ。今年は出来がいい。お前も飲むか?」


「申し訳ありませんが、これではもう朝迄起きることはありませんので、私はこれからこの妹を連れて帰らなければなりません。また後日おつき合いさせて頂きます。本日は妹マリアの為にお祝い頂き、誠にありがとうございました。では、これで失礼させて頂きます」


 ゾイはこの場に居る全員に聞こえるように、丁寧に礼を言い、お辞儀をすると、マリアを背負って出て行った。


「まったくお前は……。飲めない酒を飲むな」


 聞こえていないと解っていながらも、ゾイはマリアにそう話しかけた。




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