第5話 入隊
「よし、合格だ。入隊を許可しよう」
第2部隊隊長であり、入隊試験責任者でもある、エレニ・カルサダがそう判定を出すと、場内には歓声が響き渡った。
「昨日も凄かったが、その剣を持つと格別だな。やっぱりおまえは、その剣が一番似合ってる」
クレトスにそう言われたその手には、シアネスの剣が神々しく輝いていた。
「ありがとうございます、クレトス隊長。みんなも、ありがとう!!」
嬉しそうに皆に笑顔を見せて喜びを言葉にするのは、マリアだった。
「何の騒ぎだ!?」
その時、ゾイが訓練所に入って来た。
「あっ……! ゾイ隊長!!」
その途端、訓練所内に気まずい空気が流れ、その場は一気に静まり返る。
真剣な瞳でゾイをまっすぐ見ているマリアの元へと、ゾイはまっすぐと進んだ。そんなゾイとマリアの間に、エレニが入った。
「ゾイ、これは決定事項だ。」
そう言うと、ゾイに、マリアの入隊許可証を見せた。
「……どうして……!?」
驚いてその書類を確認すると、ゾイはマリアを見た。
「ゾイがいない間に決めてしまってごめんなさい。みんなを責めないでね。これは私が決めて、お願いして、してもらった入隊試験だから」
「……お前、自分が何をしているのか解っているのか!?」
ゾイはマリアの両肩を掴み、強く揺すりながら、そう問いかけた。
「解ってるよ。私、もう、ゾイの帰りを不安に思いながら待つだけなんて嫌なの。それに……私ね、やっぱり、もっとみんなに認めてもらいたいんだ。私がこの国の人間として認めてもらうには、どうしたらいいかって、ずっと考えてた。……私も、ライネルと戦いたい。私がライネルを倒せば、もっと信用してもらえるでしょ? だから……」
「ダメだ!! お前を戦場に出す訳にはいかないと前にも言ったはずだ。……ライネルと戦うだと? 簡単な事じゃないんだぞ!! エレニ隊長もエレニ隊長です!! 何故入隊など許可したのですか!?」
ゾイはすごい剣幕でマリアとエレニを見た。
「おいおい、ゾイ、少し落ち着け。マリアももう子供ではない。女が入隊した前例はないが、剣の腕前も戦闘での判断力も、マリアの実力は、お前が一番良く知っているだろう? 入隊すれば、大きな戦力となってくれるのは間違いない。そうは思わないか?」
「……しかし……!!」
「マリアは真剣だぞ。遊び半分で申し出たのではない。お前が認めないと言うのなら、マリアはしばらく俺の第2部隊に預らせてもらおう」
エレニはそう言うと、ゾイの肩をポンと叩き、耳もとで囁いた。
「どちらにせよ、お前、マリアが側にいたらまともに戦えないだろう?」
そんなエレニを横目に、ゾイはマリアへと視線を移した。
「マリア、本気なのか?」
「うん」
マリアは、まっすぐゾイを見つめた。その瞳には、強い決意の色が見えた。
「ゾイ隊長! マリアを応援してあげて下さい!!」
「俺達もマリアに協力しますから!!」
「バカ!! “俺達がマリアに協力してもらう”の、間違いだろ?」
「あはは、そうだな。」
隊員達が口々にマリアを応援する言葉を発し、いつの間にかその場は和やかな雰囲気になっていた。
「危険だと思う事は、するなよ」
ゾイは、マリアにそうボソッと言うと、訓練所を出て行った。
「……今のって……、許してくれたの……かな?」
呆然と立ち尽くすマリアの周りで、再び歓声が沸き上がる。
「やったな、マリア!! ゾイ隊長の許可も出た事だし、今夜はマリアの入隊を祝って祝杯だ!!」
喜ぶ隊員達の中心にいるマリアは、あまり嬉しそうな表情は見せず、とても複雑な思いでそこに立っていた。
「クロエ様、戻りました」
ゾイは重い表情で、クロエの元に戻った。
「下の様子は、どうだった?」
「申し訳ありません、騒ぎの原因はマリアでした」
ゾイが片膝をつき、頭を垂れたまま答えた。
「マリアが? 今度は何勝したんだ?」
クロエは楽しげにそう聞き返す。
「……いえ、いつものように訓練相手になっていたのではなく……」
そこまで言うと、ゾイは大きく肩で呼吸をし、再び口を開いた。
「入隊試験に通りました」
「ん? 誰が、だい?」
「……マリア、です」
その返事を聞くと、クロエは一瞬目を見開き、そして大きな声で笑い出した。
「あははははは」
「笑い事ではありません」
笑うクロエの前で、深いため息を吐くゾイ。そんなゾイを見て、クロエは一瞬苦笑した。
「……あぁ、すまない……。マリアらしいな。まったくあの子は、想像もしない事をしてくれるね。……そうか、今日はエレニがいたな。いくらお前の方が階級が上だと言えど、入隊に関しての決定権はエレニにある。マリアも考えたな。……それで、マリアは何処に配属に?」
「しばらく、エレニ隊長の第2部隊で面倒を見て下さると言う事で……」
「そうか。エレニのところなら、心配はないだろう。アントラクスの称号を持つ者の中で1番の騎士だ。……まぁ、マリアには1度負けているがな」
マリアにとってエレニは、マリアが幼い頃からよく知っている信頼できる人物の為、一番適任だろうと納得した。
「クロエ様。このような事は、私の口から申し上げるのは、とても不本意なのですが……、マリアは、ライネルです。それをご承知の上で、なぜあなたはマリアが入隊すると聞いても平然としておられるのですか?」
「おや、珍しいね。ゾイがマリアの事をライネルだと認めるとは。私は、ずっとマリアを人間として見て来たつもりだよ。マリアが自分の血の事もあの綺麗な瞳の事も、言われるのを嫌っているのを知っているしね。だから、私は何も気にはしない。たとえ、マリアの戦う相手が、マリアと同種族のライネルの貴族だとしても、ね」
ゾイは昔から、マリアがライネルだと言われる事を嫌っていた。いつもマリアは人間だと言って、自分からマリアがライネルだと言う事は殆どなかった。そんなゾイがマリアの事をそんな風に話すということは、余程不安なのだろうとクロエは感じていた。
「クロエ様!?」
「心配しなくとも、最初から貴族がいるような所へ行かせたりしないよ。でも、マリアはきっと、いつか私達より強くなるだろうな。私にもお前にも使いこなせなかったあのシアネスの剣を、容易く使いこなしているのだからね。……しかし、昨日、久々にマリアに剣の相手になってもらったが、普通の剣を使っていたのに苦戦したよ。あれがシアネスだったら、完全に負けていただろうな」
────シアネスではなかった? あいつ、さっきはシアネスを……────
マリアは、シアネスの剣を使って、万が一でもクロエに勝ってしまった時のクロエの立場を考え、側にいた兵に剣を借り、クロエの相手をしたのだった。マリアは、それほどまでに強くなってきていた。
────まさか……な────
ゾイは、もしかしたらと考えながらも、思い違いだろうと息をもらした。
そして、この日から、マリアは正式にアリティア所属第2部隊の隊員となった。
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