第4話 つかの間の安息

 日中ずっと兵達と訓練所にいたマリアは、皆と夕食を済ませ、1人、部屋に戻った。

 そして、ベッドの下に手を伸ばし、剣を取り出す。


 「これを、置いてなど来ませんよ、クロエ様」


 そう呟くと、マリアはベッドに腰を下ろし、ゆっくりと剣を鞘から抜いた。


 それは、世界でも希少とされている、“シアネス”と呼ばれる、この世で一番神聖で、どんなものよりも固いと言われている石から造られた剣だった。


 半透明でオーロラのような輝きを放つ両刃の中心には、古代ミラフェルの攻撃魔法の呪文が刻まれていた。

 ミラフェルとは、人間より優れた身体能力をもち、魔法を使える種族で、人間と争い事はせず、余程の事がない限り関わりもしない。光に当たると瞳がパールのようにキラキラと輝くのと耳が人間より少し大きく尖っているのが特徴の種族である。その種族が古代にしようしていた魔法は偉大なものが多く、現在それらを使えるミラフェルは少ない。その魔法を施されているこのシアネスの剣は、とても強い力を秘めてる。


 遠い昔から、シアネスは、魔除けとして効果があると伝えられて来た。この剣を振り翳しただけで、ライネルは灰となると言われている。

 世界に一つしかないこの剣は、前王が特別に作らせ、先のライネルとの戦いの折、当時この国で最上級である“カリティロアダマス”の称号を持っていた騎士、イアニス・ディミトリアに与えたものだった。


 マリアは、この街の神父の考えにより、赤ん坊の頃からこの剣を側に置いていた。シアネスに免疫をつける為と、マリアの中に流れるライネルの血の魔力を弱める為に。


 ひとしきり剣を眺めると、マリアはある決心をし、ゆっくりと剣を鞘におさめ、剣を抱き締め、ベッドに横になった。


「ゾイ……、どうか無事で……」


 しばらくゾイの看病でゆっくり眠れていなかったマリアは、そのままついうとうとと眠りについてしまった。


 手に暖かい温もりを感じ、マリアが目を覚ますと、目の前に黒い髪をした人の頭があった。そして、マリアの手は、その人物によってしっかりと握られていた。

 ぼーっとした頭でようやく状況を把握したマリアは、そっと上半身を起こした。すると、そこには、椅子に座ったままマリアの枕元に頭を預け、眠っているゾイの姿があった。


 ────ゾイ────


 息をしていることを確認すると、マリアは愛おしそうにそっとゾイの髪を撫でた。


 ────私、怪我人でも病人でもないのに、看病でもされてるみたいね……────


 マリアはゾイのそんな様子を見て、思わずクスッと笑った。


「ゾイ、起きて。そんな格好で寝てたら、怪我にも響くし、風邪ひくよ」


「あぁ、大丈夫だよ。眠ってないから」


 マリアの呼び掛けに、ゾイは目を開けず、体勢も変えずにとてもしっかりした口調でそう言った。


「……えっ? ……眠ってないって……いつから!?」


「今朝、起きた時から、かな?」


「ええっ!?」


 マリアは顔を真っ赤にして握られている手を引っ込めようとしたが、逆に強く握り返された。


「もう少し、このままでいさせてくれないか。ようやく休めるから」


 少しも動く事なく静かにそう言うゾイは、戦闘用の丈夫な鎧を着けたままだったが、その言葉で戦いが無事終わったのだと理解したマリアは、ゾイの行動に動揺しながらも、安堵し、小さく微笑んだ。


「……うん。いいよ。……お帰りなさい、ゾイ」


「あぁ。ただいま」


 ゾイもマリアもお互いが側にいることにとても深い安らぎを感じていた。

 




 

 翌日、ゾイはクロエに呼ばれ、司令官室へと向かった。


「大変遅くなり、申し訳ありませんでした」


「気にする事はないよ。身体は、大丈夫か? マリアに気付かれぬようにミラフェルの治療を受けてまで、出陣したおまえだ。少しくらい休んだ方がいい。幸い、今日はまだどこからも被害の連絡は受けていない。警戒は怠ることは出来ないが、こんな時くらいゆっくり身体を休めて、次の戦いに備えてくれ」


「はい、ありがとうございます」


 片膝をつき、深々と礼をするゾイに、大きな机の向こうで椅子に座るクロエは、苦笑した。


「ゾイ、今は二人きりだ。そんな固っ苦しいのは無しにしないか? 私は、敵のことを詳しく聞きたいだけだ」


 そう言うと、クロエは、立ち上がり、応接用のソファーに座り、ゾイにも座るように促した。


「……はい。俺が確認出来たのは、ライネルの貴族と思われる人物3名。そのうち2名は濃紺の髪にオレンジの瞳で、外見だけで判断すると、俺より若く見える男でした。そして、もう1人は、金髪にオレンジの瞳の少女のような容姿で……」


「お前が深手を負った理由は、その女のライネルか?」


「申し訳ありません。不覚でした」


 ゾイは言い訳など少しもせず、冷静にそう答えた。


「……マリアに、似ていたのか?」


 その問いかけに、ゾイは少しも動じず、俯いていた。


「お前の隊の隊員が話しているのを偶然聞いてな。雰囲気が似ていた、とか」


「いいえ」


「そうか……」


 そう言うと、クロエは立ち上がり、窓辺に立ち、外を見た。


「マリアの事は、この城内に居る者ならほぼ誰もがよく知っている。あの子はどんな時でも、明るく笑顔を絶やさず、周りにいる者の事をよく考え、まるでいつも皆の心を癒してくれているかのようだ。私が知る限り、この城内にマリアを嫌う人物など1人も居ない。それどころか、あの子に一目置いている者も少なくない。王位継承権第一位のあのお方ですら、マリアをおまえ以上に可愛がっているではないか。……とても不思議な子だと思わないか? あの瞳の色さえ皆と同じなら、あの身体にライネルの血が流れているなどと、誰が思う?」


「クロエ様?」


 ゾイは、クロエの言葉の真意が解らず、怪訝な表情でクロエを見た。


「ゾイ、マリアはもう、お前が必死に護ろうとしなくとも、よいのではないだろうか? 今回の件でも、お前は気にしているのだろう? またマリアに危害を加える人間が現れるのではないか、と。……ゾイ、1人で背負い込むな。私もあのお方もいつでもお前達の見方だ」


「ありがとうございます。クロエ様」


 ゾイは立ち上がり、深々と礼をした。


「ん? 少し、下が騒がしいようだが……」


 窓から見える訓練所の回りで兵達が何か話して中を伺っている。


「何かありましたか?」


 ゾイも窓に近寄り、下を見る。5階に位置するこの部屋からは、隣の建物の1階にある訓練所の中までは見えない。


「至急、確認して参ります」


 ゾイはそう言うと、部屋を出た。

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