第3話 それぞれの思い
数日後、ゾイはまだ怪我が完治してはいなかったが、動ける隊員を連れて、再び先日戦ったライネルがいる場所へと向かう事を決心していた。ゾイ達が帰って来た後も、他の部隊が交代でライネル討伐に出かけていたのである。
そんな中、ゾイ達は魔術師に応援依頼をし、優秀な魔術師十数名に同行してもらい、目的地へと急いだ。
残されたマリアは、ゾイが帰る迄城内に留まるようにとゾイに言われ、ゾイの帰りを待つ事になった。
「マリア、兵舎に来るかい? ここにいても退屈なだけだろ?」
クロエが気を遣って、マリアの元へと来て言った。
「ありがとうございます、クロエ様」
「私は、ここを離れられないから、自分が出れないのが落ち着かなくてね。ちょっと、剣の相手になってくれないか?」
「はい! 喜んでお相手させていただきます!」
マリアはその言葉に目を輝かせ、手早く支度を済ませると、クロエが待つ、兵士の訓練所へと向かった。マリアは幼い頃からここにはよく来ており、城に仕える兵のほとんどは、マリアの事を知っていた。
「じゃ、始めようか」
「よろしくお願いいたします」
クロエがマリアと剣を交えるのは1年ぶりくらいの事で、周りにいる兵達も真剣に2人を見ている。激しく何度も剣のぶつかり合う高い金属音が響く。
「クロエ様、私に手加減はご無用ですよ」
「あぁ、すまない、ついいつもの兵との訓練での癖でね。……では、本気で行かせてもらうよ」
優しい笑顔を向けたあと、真剣な表情に変わったクロエは、更に強くマリアに向かってくる。それを対等に受けるマリア。そして、そんな激しいぶつかり合いが数分続いた時、クロエが剣を下ろした。
「強くなったね、マリア。さすが、ゾイの妹だ。簡単には勝てそうにない」
「お誉め頂き、ありがとうございます」
「これ以上本気になって、おまえに怪我でもさせたら、ゾイに合わせる顔がなくなる。今日はこの辺にしておこう」
息を切らせながらクロエはマリアに笑顔で言った。
「ありがとうございました」
呼吸を乱す事なく、そう言葉にし、マリアは剣を鞘におさめると、深く
「おまえ、あの剣はどうした? 今のおまえの力とあの剣だったら、私は負けていたかもな」
耳もとでそう囁かれたマリアが、驚きに目を見開いてクロエを見ると、クロエは苦笑してマリアを見た。
「邪魔をしてしまったな。みんな訓練を続けてくれ。マリア、おまえはまだここに居ていいよ。みんな、マリアの事を頼むぞ」
そう言い残すと、クロエは訓練所を出て行った。
「マリア、すげーな、あのクロエ様と本気でやり合うなんて。お前、どこまで強いんだよ」
よく見知った顔の兵士たちが称賛しながらマリアの周りに集まってくる。
「そのうち、ゾイ隊長のことも追い越しちまうんじゃねーか?」
「ゾイには勝てないよ、悔しいけどね。もちろん、ゾイの師匠でもあるクロエ様にも」
マリアは少し悔しそうな顔をして答えた。
「マリアくらい強い奴がいてくれたらなぁ、うちの隊も兵力が大幅に変わるんだけどなぁ」
「あはは、もし私が入隊できたとしても、第9部隊には入りませんよ、クレトス隊長」
城で待機をしている第9部隊隊長、クレトス・エレウシスは、そのマリアの返事に苦笑をした。
「そうだろうなぁ、おまえが希望を出すとしたら、ゾイのいる第1部隊だろ?」
「入隊できたら、ですけどね」
マリアは再び悔しそうに少し目を伏せて微笑むと、そう答えた。
「おまえ、まさか、本気で入隊したいのか?」
「………」
俯いて黙り込むマリアの様子を見て、クレトスはマリアの気持ちを察した。
「まぁ、女は兵になれないなんて決まりはないが……、ゾイが許さないだろ?」
「……そうですね」
マリアは、寂しげに微笑む事しか出来なかった。
ライネルとの戦いが続いている第3都市ポツネリアの西の森林では、何人もの兵に死傷者が出ていた。
ゾイ率いる第1部隊と第2〜第5部隊、総勢約500名が、現地にいる第6部隊〜第8部隊と第5都市サナリス所属部隊と合流した時には、すでにこちら側の人数は半数以下になっていた。
「また増えたな。懲りない連中だ」
長い銀髪に深紅の瞳をした、整った顔立ちの若い男の姿のライネルがボソッと呟いた。
「人間って、おもしろいわね。なんでそんなに必死になるのかしら?」
その隣で、クスクスと笑いながら話すライネルは、ウェーブのかかった金髪に、濃いオレンジの瞳で、少女の姿をしていた。
ゾイが隙を見せてしまったのは、このライネルにだった。マリアと似た雰囲気を持つ、この少女の姿のライネルに……。
ライネルの貴族の殆どは整った顔立ちをしており、その容姿は“妖艶”という言葉がとてもよく当てはまる姿だった。
貴族と思われるライネルは5人。そして、獣のような姿をしているライネルは、数十匹というところだった。しかし、獣は、切っても切っても、どんどん増えて行く。それは、貴族が呼び出しているからだった。
ゾイは、後方に魔術師達を置くと、防御魔法を使わせた。
「へぇ、ちょっとは考えるんだねぇ、人間も。次はどう来るのかな?」
その行動を遠目で見ていた短い銀髪に紅いの瞳の少年の姿をしたライネルが、少し驚いたような表情で言った。
「ヴラド隊長は、
防御魔法が効いているのを確認すると、ゾイは周辺にそう呼び掛け、第5都市サナリス所属部隊隊長のヴラド・マクリを探した。
「ゾイ!! こっちだ!!」
その呼び掛けに少し遠くの場所からヴラドが答えた。
「お久し振りです、ヴラド隊長」
「おい、おまえ、怪我はもう大丈夫なのか? あのゾイがやられたって、こっちでは大騒ぎになってるぞ?」
「はい、大丈夫です。ご心配おかけしました」
軽く挨拶を済ませると、現在この地で総指揮をまかされているヴラドにゾイは作戦を伝えた。
「では、突入だ!!」
ヴラドのその言葉で、防御魔法は解け、兵達は各部隊分かれてライネルの貴族の元へと獣のライネルを切り倒しながら進んだ。
「おっと、何やら様子が変わったようだな」
長い濃紺の髪にオレンジの瞳の青年の姿のライネルが無表情で、向かってくる兵達を逃げる事もせず見つめていた。
次の瞬間、兵達の後方から5ケ所に向けて攻撃魔法が放たれ、光の矢が飛んだ。
「ミラフェルの攻撃魔法? 人間も使うのか」
チッと舌打ちをすると、その攻撃をさらりと躱し、襲ってくる兵達に目をやる。
「少々面倒なことになりそうだ。お前達! 退くぞ!!」
ライネルの貴族の1人がそう叫ぶと、獣を残し、貴族の姿は消え失せた。それぞれ貴族のいる場所へと向かっていた兵達は、その瞬間目標を失い躊躇したが、すぐに周りに残っている獣の討伐に切り替え、しばらくの後、全滅に追いやった。
兵達は口々に歓喜の声を上げたが、貴族達に逃げられ、納得のできないものも数多くいた。特にゾイは、次に会った時は必ずあのライネルを倒すと心に固く決めていた為、悔恨にさいなまれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます