第110話 家族以上

 私が涙を流しながら布団にくるまっていると、藍斗が帰宅してきて玄関の扉を開ける音が聞こえてきた。


 辺りは完全に暗くなり時刻はもう20時。藍斗は誰と遊んでも比較的帰りが早い方なので、こんな時間まで遊んでいるのは珍しいことだ。

 それだけ遊びが楽しかったということなのだろうか。


 こちらはとてもではないが誰かと遊ぶ気になんてなれそうもない最悪な気分だというのに、藍斗はヘラヘラと女の子と遊んでいたと考えると腹が立ってくる。


 内容までは聞き取れないが、1階から藍斗と陽子さんの会話が聞こえる。陽子さんは何やら焦っている様子で藍斗に話しかけており、私が涙を流していたことについて説明をしていることが窺える。


 余計なお世話だとは思いながらも、普段お世話になっている陽子さんに対してそんな思いを抱くのは失礼極まりない。

 話し声が聞こえなくなったところで、誰かが階段を上る音が聞こえてきた。


 そしてその足音はそのまま私の部屋の前へとやってくる。 

 その足音の主がで頼むから陽子さんであって欲しかったが、陽子さんではなく藍斗であることは容易に想像がついた。


 部屋の扉は開けないでくれ。そのまま立ち去ってくれと強く願ったが、そんな願いが通じるわけもなく、無常にも私の部屋の扉は開けられた。


「どうした。亀にでもなったつもりか」


 なんでそんなに堂々と私の部屋に入ってこれるのよ。ちょっとは躊躇しなさいよ。


「……ノックくらいしなさいよ」


 涙を流していることを悟られたくなくて、布団にくるまったまま震えそうな声を必死に震わさないように藍斗と会話を進める。


「それはすまん。次は気を付ける。それで、どうしたんだよ」


「なんでもないわよ。出てって」


 私が大変な思いをしている間にあんたはクラスメイトの可愛い女の子と遊んでたんだから。放っておいてよ。私のことなんか。どうせアンタにとって私なんてクラスメイトの女の子よりも雑に扱っていい存在なんでしょ。


「出ていくわけないだろ。これで出ていったら俺が飯崎の部屋に来た意味がなくなるじゃねえか」


「出ていってって言ってるでしょ! 早く出て行ってよ!」


「出てかねえ」


「出てって」


「出てかねえ」


「出てって!」


「出てかねえ!」


 私は頑なに藍斗の言葉を退けるが、藍斗はそれ以上にかたくなに私の言葉を退ける


「なんでよ。なんで出ていってくれなのよ……」


「……家族だから」


 その理由はすごく卑怯だ。確かに私たちは家族で、泣いている私を助ける理由にはなる。

 でも、今の私がかけてほしい言葉はそんな安っぽい、安易な言葉ではない。


「……その言い方は卑怯じゃない」


 思わず藍斗に反論すると、藍斗は渋々話し始めた。


「……家族でもあって、それ以上の存在でもあるから。俺は飯崎が泣いてたら見過ごすことはできない」


 藍斗のことが嫌いなフリをしていた頃の私なら、

絶対に藍斗に助けを求めたりしないだろう。

 しかし、もう自分の気持ちに気付いているし、今藍斗が私に言ってくれたように、私も藍斗のことを家族以上の存在だと思っている。


 だからこそ……。

 

「たずけて……」


 私が藍斗に助けを求めたということは、これまでどこか引っかかっていた藍斗と私が家族であるという関係性を完全に認め、それ以上の関係になろうとしたということに他ならない。

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