第109話 同居人の涙
……はあ。本当仕方がない母親だな。
娘の飯崎が泣いてるのであれば母親がなんとかしてやるべきなのではないだろうか。
俺にだって今はあまり飯崎と話したくない事情があるというのに。
とはいえ、今から飯崎に声をかける理由を作ってくれた母さんには感謝したい。
今朝飯崎に対して不機嫌な態度を取ってしまった俺の方から飯崎に話しかけるのは難易度が高いので、話しかける理由があるのは正直ありがたかった。
それにしても、飯崎が泣いていたというのは聞き捨てならない話だ。
俺はもう飯崎を泣かせないと誓ったのに、俺の知らないところで飯崎が泣いている状況を黙って見ているだけでいいはずがない。
そんな偉そうなことを言ってはいるが、飯崎はこれまでも俺の知らないところで、とてつもない量の涙を流しているのだろう。
その涙の全てを防いでやるというのは難しいかもしれない。
それでも、せめて俺の目の届く範囲では、飯崎に涙を流してほしくはない。
そう考えると、飯崎の部屋の扉を開けるのを迷う必要はなかった。
部屋の中に入ると飯崎は布団に丸まって甲羅の中に引っ込んだ亀のような姿になっている。
「どうした。亀にでもなったつもりか」
「……ノックくらいしなさいよ」
そういえばいつも飯崎の部屋に入る時はノックするようにしてたっけか。
ノックを忘れるてしまう程、布団に潜っている飯崎の状況をなんとかしてやりたいと思っているということなのだろう。
「それはすまん。次は気を付ける。それで、どうしたんだよ」
「なんでもないわよ。出てって」
何があったのかを飯崎に訊いてみるが飯崎は答えてくれない。
今朝軽い喧嘩のような状態になってしまったことで飯崎はまだヘソを曲げているのだろう。
しかし、ここではい出ていきますとすぐに引き返していいはずがない。
俺の目の前で布団に潜っている飯崎の声が震えているのだから。
「出ていくわけないだろ。これで出ていったら俺が飯崎の部屋に来た意味がなくなるじゃねえか」
「別に部屋に入ってきてくれなんてお願いしてないじゃない。出ていってって言ってるでしょ!」
「だから出てかねぇって言ってるだろ」
「うるさい! 早く出て行ってよ!」
「出てかねえ」
「出てって」
「出てかねえ」
「出てって!」
「出てかねえ!」
俺はどれだけ飯前に拒絶されようと飯崎の言葉を拒絶し続ける。
「なんでよ。なんで出ていってくれなのよ……」
「……家族だから」
「……その言い方は卑怯じゃない」
「……家族でもあって、それ以上の存在でもあるから。俺は飯崎が泣いてたら見過ごすことはできない」
「……」
そう言葉を放った次の瞬間、飯崎は布団にくるまったまま、俺の方にものすごい勢いで近づき抱きついてきた。
その勢いのまま、俺は地べたに座り込む態勢になる。
「たずけて……」
飯崎はそう言いながら大粒の涙を流していた。
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