第106話 なくしてしまった大切なもの
不安な気持ちをかき消すようにテレビを見たり、家事をしてみたりと色々なことをしてみるが、集中できずどれも手につかない。
もしかすると好きな人がこのまま別の人に盗られてしまうかもしれないと考えると、それ以外の事を考えるのは不可能に近かった。
無理だろうとは思いながらも、テストも近いし勉強をしてみようとスクールバッグの中から勉強道具と筆箱を取り出そうとする。
「……え? ……あれ? ない? え、なんで……筆箱がない?」
バッグの中は一通り見たはずだが、入っているはずの筆箱が見当たらない。
普通は筆箱がなければ勉強ができないだけなので、焦る必要なんてないし家にある代わりの筆記用具を使えば済む話なのだが、私の場合そうはいかない。
筆箱の中には母さんが私に残してくれたペンが3本入っているからだ。
常日頃から持ち歩いておりずっと私のそばにいてくれるお守りのような存在のペンが手元にないとなると、落ち着くことはできない。
なにせそのペンが私の手元を離れていたのは筆箱を忘れた藍斗にペンを貸した時だけである。
ただでさえ藍斗のことで落ち着かないというのに、大切なペンの入った筆箱を忘れてくるなんて……。
筆箱を置いてきたとしたら、恐らく学校の図書室だろう。くるみ達と勉強をしているときに忘れてきたような気がする。
図書室に置いてきたのなら月曜日に筆箱を取りに行けばいいような気もするが、それまでに誰かに動かされて所在が不明になってしまうのはまずい。
私は家を出て学校に向かうことにした。
「あれ、莉愛ちゃんどこかいくの?」
慌てた様子で家を出ようとしていた私に陽子さんが声をかけてくる。
「ちょっと筆箱学校に忘れちゃって……。取りに行ってきます」
「筆箱くらいなら代わりのペンを……って莉愛ちゃん? 莉愛ちゃん⁉」
陽子さんが私を呼び止める声も私の耳には届いておらず、がむしゃらに学校に向かって走り出した。
頼むから図書室に筆箱が置いてあってくれ。どこかに移動したりしていないでくれ。でないと私の心はおかしくなってしまう。
走って走って走り続けて、ようやく学校に到着した私は一目散に図書室へと向かった。
土日は学校の扉が閉まっていることが多いが、幸い部活動をしている部活が多く鍵は閉められていなかった。
普段は昇降口で靴をシューズに履き替えるが、その工程も無視して靴下のまま図書室へと走る。
靴下は予想以上に滑りやすく、走って図書室に向かっている私は何度もこけそうになる。
こけそうになりながら、図書室の前まで到着した私は勢いよく図書室の扉を開けた。
そして勉強をしていた机の上を確認する。
……ない。ないないないないないないっ。
私たちが勉強していた机の上に筆箱が見当たらず、私は肩を落とした。
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