第105話 不機嫌な理由

『いやーやっぱり敵に塩を送るのは得策じゃなかったと思うなぁ』

『だ、だってあの場ではああやって言うしかなくて……』


 金尾さんが小波さんと藍斗の3人で遊びに行くことが決まった日の夜、私はくるみと電話をしていた。

 電話をかけてきたのはくるみからで、内容を要約すると私に対するプチ説教である。


『ああやって言う以外にもやり方はあったでしょ。天井くんと遊びに行く予定を立てた金尾さんに、よかったわね、なんて言ってたら天井くんのこと本当に盗られちゃうよ?』


『盗られるも何も私の物ではないけど』


『……はぁ。そんなことばっかり言ってるからいつまでだっても進展がないんだよ。まあとにかく、明日何も無いようにしっかりと天井くんを見張っておくこと。分かった?』


『見張るだなんてそんなストーカーみたいなマネ……』


『分かった?』


『は、はい……』


『よろしい。それじゃあもう寝るねー。明日はがんばってねー‼︎』


『あ、ありがと』


 くるみの圧力に抗うことができなかった私は明日、藍斗達のデートを見張ることになった。


 また尾行しないといけないのね……。






 ◇◆






 くるみに言われた通り藍斗が金尾さんたちと遊びに行くのを見張るべきかどうか結論が出ないままその日を迎えてしまった。


 家の中では藍斗が身支度を進めており、私は藍斗に声をかけるタイミングを伺っていた。


「それじゃあ行ってくる」


「も、もう行くのね。アンタなんかニヤニヤしてない? 金尾さんたちとのデートがそんなに楽しみ?」


「ニヤニヤしてねえし別に楽しみじゃねぇよ」


 藍斗はニヤニヤなんてしていなかったが、金尾さんからの誘いにすんなり応じた藍斗にイヤみったらしく声をかけてしまった。


 それに返答してきた藍斗の声は普段より低かったような気がする。


「……もしかして怒ってる?」


「怒ってねぇよ」


 藍斗は私の質問にそう答えたが、とても怒っていないという雰囲気には見えなかった。


「怒ってるじゃない。明らかに」


「怒ってねぇって。てかなんで俺が金尾たちと遊びに行くの知ってんだよ」


「金尾さんから聞いたのよ。というか金尾さんがアンタを誘ったとき、私たちも一緒にいたわ」


「……そうか。別に金尾たちと遊びに行くのを知られても問題はないけどさ。デートじゃねぇから。普通に遊びに行くだけだから」


「ふぅ〜ん。下心が見え見えだけど」


「下心なんてない」


 私の言葉に藍斗は低めのテンションで答えた。


 藍斗は明らかに怒っている。それは藍斗の表情を見ればすぐに分かった。


 なぜだろう。なぜ怒っているのだろう。

 私にはその理由が分からない。


 玄関を出ようと靴を履いて立ち上がり、玄関の扉を開いて家を出ていく藍斗の後ろ姿を見て、藍斗を金尾さんたちに取られてしまうような気がして不安で仕方がなかった。


 結局藍斗は自分が怒っていることも認めず、怒っている理由も教えてくれないまま家を出て行ってしまった。


 そんな藍斗を追いかける気力は私には残されておらず、しばらくの間玄関で立ち尽くしていた。

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