第103話 2人の時間
飯崎から質問されて回答に悩んでいた俺は、焦りから質問を質問で返してしまった。
今の流れで、飯崎が好きだ、と言えばそれだけで今日の目的は容易に達成できたはずだ。
たったそれだけのことがなんでできないんだよこのヘタレ野郎が……。
「アンタが好きな人が誰かなんて訊かれても分かんないわよ。だって金尾さんでも小波さんでもないんでしょ? まさかくるみってこともないだろうし」
「まあ流石にくるみってことはないわな」
「そうなったらもうアンタが好きな人が誰かなんて検討もつかないわ。他によく関わってる女の子なんて知らないし、それこそSNSとかで知り合った私の知らない人になるのかしらね」
飯崎は俺が好きなな可能性のある人間の選択肢の中に自分を含むことはなかった。
それは俺に告白されると迷惑だという意思表示なのか、それとも俺に対して好意があるが故に自分の方から自分の名前は言えないのか……。
まあどちらにせよ、自分のことを好きなのではないか、なんて普通言えるわけないよな。
仮に飯崎が俺に対して好意を抱いているのだとしたら、どちらからも行動を起こすことができていないなだからお互いヘタレすぎる。
「SNSなんてLINEくらいしかやってないし、それで知り合うのは無理だよ。それに、俺が好きなのは飯崎が知らない奴じゃなくてむしろよく知ってるやつだ」
「アンタが何言ってるのかわけが分からないわ。降参よ。まあ別にアンタの好きな人なんて教えてもらわなくてもいいし」
俺の好きな人なんて気にならないと、そう言った飯崎の表情は嘘をついているようには見えなかった。
俺の好きな人が気にならないということは、飯崎は俺のことが好きではないということになる。
勇気を出そうとしたものの、結局気持ちを伝えることもできず終わっていくんだなと諦めモードに入ってしまった俺は飯崎との話を終わらせようとした。
「……そっか。それじゃあそろそろ寝るか」
「でも、もしアンタが好きな人が私だったら嬉しいなって思ったりはしてるわよ」
「……は?」
俺の好きな人が飯崎だったら嬉しい?
それは、飯崎が俺のことを好きだから嬉しいのか、それともただ普通に好きだと言われることが嬉しいという意味なのか、どちらの意味を込めているのだろうか。
飯崎の本心がわからず、俺は呆然と立ち尽くしていた。
「それじゃあ私、もう寝るから」
「え、ちょっ……」
「おやすみなさい」
飯崎は俺に引き留める間も与えず、ベッドに潜り込んでしまった。
本当は飯崎に先程の発言の真意を問い詰めたいし、その流れで告白までしてしまいたい。
しかし、もうベッドに入ってしまった飯崎に声をかけることはできず、飯崎はそのまま眠りについてしまった。
翌朝、ほぼ一睡もできなかった俺は鏡の前に立ち顔を洗っていた。
鏡を見ると目の下には大きなクマができており、完全に睡眠不足であることが分かる。
あんなことを言われて熟睡できる奴なんていないだろう。
こんなことになるのなら、やはり俺の方から気持ちを伝えるべきだったと後悔するがもう遅い。
今更後悔したって時間は戻らないし、俺たちの関係を先に進めるのだとしたら、次こそは俺の方から気持ちを伝えなければならない。
そう決意しながら俺は顔を拭き、部屋に戻って帰宅の準備を進めていた。
「ふわぁ……。おはよ」
「お、起きたか。まだチェックアウトまで余裕あるし寝ててもらっても構わないけど」
「そうね……。でも起きるわ。せっかくアンタと2人で旅行に来てるんだから、寝てばっかりじゃなくて最後まで楽しまないとね」
……ん? なんだ今の違和感満載な発言は。飯崎は今までそんなことを言う奴ではなかったし、俺と2人の時間を楽しみたいなんて、そんなのもう俺のことが好きだとしか……。
「そ、そうだな。楽しまなきゃもったいないな」
「よし、それじゃあ私も帰りの準備始めるわね」
「おう」
帰宅の準備を始めた俺たちは手際よく準備を済ませ、少しだけ熱海を観光してから帰路についた。
結局この旅行で告白をすることはできなかったが、少しでも俺たちの関係が前進したのなら、成功と言っても過言ではないだろう。
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