第99話 旅の恥は掻き捨て

 ご飯を食べ終えて部屋に戻ってくると辺りはすっかり暗くなり、部屋からは熱海の夜景が一望できる状態となっていた。


 信号が点滅し青から赤に変わったり、電車がやってきては通り過ぎて行く光をみると、自分が飯崎との関係に悩んでいる間にもこうして大勢の人々の生活が行われていることを実感する。


 こんな景色を見ていると、俺が先ほど飯崎にしでかした行為も忘れてしまいそうになるな……。


「何ボーっとして夜景なんか見てるのよ。そんな風情のある人間だったかしら。アンタって」

「いや、なんかこういう景色みてると、自分の悩みなんてちっぽけなんだなーって思うっていうかさ」

「大体こういう景色見るとみんなそう思うのよ。てかアンタに悩みなんて無いでしょ」


 完璧なロケーションにも関わらず、意外と冷めている飯崎の発言に若干ショックを受けながらも、そのまま会話を続けた。


「悩みの1つや2つ、能天気に見える人でも持ってるもんなんじゃないか。ほら、ビーチとか若干ライトアップされてて綺麗だぞ」

「まあ綺麗じゃなくはないわね」

「何だよその微妙な言い回しわ。せっかくだし行ってみるか」

「は? 今から? 意外とここからだと結構距離あるわよ?」

「まあせっかく来たんだからさ。行ってみようぜ」

「……まあそこまでいうなら」


 飯崎の反対を押し切り、俺たちはビーチへと行くことにした。






 ビーチへ到着すると、思っていた以上にはライトアップがされていない状況を見て残念に思いながらも、逆にこの薄暗い状況はチャンスだと思った。


「へぇ。まあそこまで綺麗ってわけでもないけど、こうして実際に来てみると結構綺麗に見えるのね」


 流石の飯崎もビーチがライトアップされているのは見たことがなく新鮮で綺麗に見えたようで、冷めた態度を取られなかったことに安堵した。


「そうだな。逆に明るすぎるとパリピ感でるし。これくらいが丁度いいんじゃないか」

「それもそうね」


 この会話からしばらく俺たちの間に会話はなく、ビーチをゆっくりと歩き続ける。

 2人きりで旅行に来てるなんて学校の奴らに知られたら大変なことになりそうだが、こんなところに知り合いがいるはずはない。


 手でも繋ごうかと思ったが、今俺がやるべきことはそんなことではない。


「……俺さ、まだあの時は子供だったけど、子供なりに頭をフル回転させて考えてたんだよ。どうすれば飯崎を元気にさせられるのかって」

「ど、どうしたのよ急に」


 飯崎が困惑するのも無理はない。急にこんな話をされたって何が起きたのか理解できないだろう。

 まあ今からもっと理解できないような状況になるけどな。


「どれだけ頭回したって未熟なのは変わらなくてさ、飯崎は俺には想像もできないほどの辛さを抱えてたはずなのに俺が大人になれなくて、飯崎の悲しみを一緒に抱え込んでやることができなかったことは今でも後悔してる。本当にあの時の自分が腹立たしいよ」

「ちょ、ちょっと待って本当にどうしたの?」


 俺が話を続けると飯崎の表情が少しずつ困惑していく。

 

「どうしたのじゃねぇよ。こっちだって真面目に話してるんだから、ちょっとは真面目に俺の話聞いてくれ」

「真面目に聞いてくれって言われたって、そんな話急にされても……」

「もしあの時の俺がもっと大人だったら、俺と飯崎の関係はあそこまで悪くなってなかったんだろうな」

「ちょっと待ってって言ってるのにまだ話し続けるのね……」


 待ってくれと言われたからといって、今更止まることはできない。


「ああ。だから素直に聞いててくれ」

「……分かったわよ」

「最近は飯崎との関係も改善されてきて、会話も増えてきてさ。やっぱ俺たちはこんな風に言い合いしながらでも仲良くいるべきだと思ったんだよ」

「まあ私たちの関係が悪化したことに関しては私に非があるというか……」

「だから俺、飯崎のことが……」

「「天井さん‼︎」」


 話を長引かせると結局最後は腰が抜けて気持ちを伝えられなさそうだったので、俺が意を決して飯崎に素直な気持ちを伝えようとした矢先、俺の名前を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえてきた。


「「天井さんのことが好きです‼︎」」


 声のする方向を振り返ると、横槍を挟んできたのはここにいるはずのない人物、金尾と小波の2人だった。

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