第97話 久しぶりの感触 

 私は熱海に旅行にやってきて、今まで感じたことがない程の極度の疲労を感じていた。というか、この状況で気疲れして疲労を溜め込まないがおかしいと思う。


 そもそも、私は今日くるみの家に泊まりに行く予定だったのだ。

 くるみが、『莉ー藍ちゃんっ!! 今度お泊りしようよ!! 瀬下は追い出しとくからさ!!』と私を誘ってきたので、なんの疑いも無くその誘いを受け入れた。


 私がどれだけ用心深かったとしても、流石にこの誘いが嘘だと言うことに気付くことはできなかっただろう。

 

 くるみの家に泊まりに行くと思い込んでいた私に、藍斗が急に熱海に行くなんて言い出すもんだから、状況を飲み込むことにもかなりの体力を使った。


 なんとか状況を飲み込めたはいいが、初めて行く藍斗と2人っきりでの旅行ということを考えると、謎の気遣いが私を疲弊させた。

 以前の家族旅行でも藍斗と同じ部屋に泊まったが、あの時は保護者として陽子さんと隆行さんも一緒にいたので今回の状況とはわけが違う。


 そしてとどめは私が藍斗と同じ部屋に宿泊するという事実を聞かされたことだ。

 新幹線に乗っているときから、ホテルの部屋はどうするのかという疑問は抱いていた。まさか同じ部屋に2人で泊まったりするのか? なんて考えたりもした。

 

 しかし、流石に藍斗が私と同じ部屋に泊まるとは思えなかったので、同じ部屋に泊まることは無いと決めつけて気を抜いていた。

 それなのに、部屋の前で私と藍斗が同じ部屋に泊まるなんて言われたので、動揺を隠すのに必死だった。その場で同様なんかしてたら私だけ狼狽えているみたいで恥ずかしいし。


 そんなこんなで疲労が蓄積し、正常な判断ができずにいた私はあまりの眠気から無防備にも藍斗がいる部屋で何の対策も無しにそのまま寝てしまったのだ。

 まあこれまで同じ家に住んでいても旅行に行っても手を出してくることは無かったので、藍斗に限って手を出してくることは無いという油断というか、信頼をしていた部分もあったのだろう。


 しかし、その信頼が仇となった。


 え、何、何よこの状況。なんで藍斗が私のベッドに潜り込んで来てるの!?


 眠っている最中にベッドに大きめの振動を感じて目が覚めた私が少しだけ目を開くと、横に藍斗が寝転がっているのが分かった。

 その場ですぐに、なにやってるのよ!! とベッドから追い出せばよかったのだが、あまりに驚いていた私は思わず寝ているフリをしてしまった。


 1度してしまった眠ったフリはそう簡単にやめることはできず、私は今も眠ったフリをしている。


 もう。早く出て行ってくれないかしら……。


 ってちょっと!? 今こいつ、私のほっぺを触ったわね!? 眠っている無防備な私にそんなことをするなんて見損なったわ!! こいつ最低ってひゃっ⁉


 な、なんで!? なんで私の手を握ってきたの!?


 これまで私たちが手を握ったのなんって、きっと子供のころまで遡らないと無いはずなのに……。


 その後も私は髪を触られたり息を吹きかけられたりと、様々なちょっかいをかけられるが、来るところまで来てしまったので今更眠っているフリをやめることもできない。


 とはいえ、早くこの状況から抜け出さなければ最悪の事態にもなりかねない。ほっぺを触ったり、手を握ってくるくらいならいいが、このまま手を出され続けたら……。


 そう思った矢先、私は唇に懐かしい感触を感じた。


 それは、家族旅行の時に唇に感じた感触と同じ感触だった。

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