第93話 プリン

 なぜ俺たちが2人で旅行に来ていることを母さんが知っているのかは分からない。母さん達には気が付かれないよう、最善を尽くしてきたつもりだった。それなのになぜバレてしまったのか……。

 まあ気づいた上で応援してくれるのであれば結果オーライではある。このまま俺と飯崎の関係性を隠してコソコソと生活するよりは、気付かれてしまった方が幾分か楽になれるってもんだ。


 こんな能天気な思考には少し前の俺なら慣れなかっただろう。

 それにしても、親ってのはどこまでも自分の子供のことが分かるもんなんだな……。


 そんなことを考えながら、俺たちは目的のプリンのお店へと歩いていた。


「いろんなお店があるのね。昔ながらの商店街ってあまり来たことがないけれど、この雰囲気は結構好きかも」


「旅行に来たって感じはするよな」


「まあそうね。なんで旅行に来たのか、って感じもしてるけど」


「そ、それはまぁ……な」


 なんとか丸め込んだつもりだったが、飯崎からはしばしば軽めのジャブを打たれている。軽めのジャブではあるが、それも積み重ねれば終盤に大きなダメージとなって出ることもある。とりあえずは上手くかわしていくしかない。


「ほ、ほら。もう着いたぞ」


「思ったより近かったわね」


 お店が見えれば飯崎も多少テンションが上がるかと思ったが、飯崎のテンションに普段となんら変わりはない。飯崎は間違いなくプリンが好きなはずなんだけどな……。

 家でもかなりの頻度で食べているし、くるみのいとこと出かけていた時もプリンを食べていた。プリン好きなら旅行先で食べるプリンを喜ばないはずはないのだが……。


「プリン、好きだったよな?」


「別に。普通よ普通」


 心配になって直接確認してみると、飯崎は普通と言いながら顔色ひとつ変えずにスマホを弄っている。これはまさか本当にそこまで好きではないのか? だとしたらわざわざ熱海を旅行先に選ぶ必要もなかったのだが……。


 プリン屋に到着すると若干の列ができており、最後尾に並んだ俺たちだったが、数分で前にいた客はプリンを買い終え、俺たちの順番が来た。

 俺たちはお互い一つずつプリンを購入して、商店街に置かれていたイスに座ってプリンを食べることにした。


「ちょっとしか歩いてないのになんかもう疲れたわ」


「まだ高校生でしょ。そんなおじさんみたいな発言しないの」


「プリン食べたら元気になると思う」


「まあ多少は回復するかもね」


 飯崎は一向にプリンを好きな様子を見せないが、俺と飯崎はプリンの封を開け、スプーンを突っ込んでプリンを乗せて口に運んだ。


「うん、名物ってだけあって中々美味し……」


「美味しい。スーパーとかコンビニに売ってるプリンも美味しいけど、やっぱこだわりが違うわね。この食感はどう作り出してるのかしら」


 飯崎はプリンを口にしてから今までの冷静な態度が嘘のように急に饒舌になった。


 ……ふんっ。やっぱり好きなんじゃねぇかよ。プリン。


 その後も飯崎は何やら独り言を口走りながらプリンを食べ進め、俺はそんな飯崎を見ていたせいで、飯崎がプリンを食べ終えても、俺のプリンはほとんど残っていた。


「……俺、あんま腹減ってなかったからやるよ」


 そう言って俺はプリンを飯崎の方へと差し出す。


「え、いいの⁉︎」


 予想以上に食い気味になって俺の方へと身を寄せる飯崎。


「あ、ああ」


「やった‼︎ ありがとう‼︎ 至福の時間だわ……」


 なんの強がりなのか、最初はプリンを好きな素振りを見せていなかった飯崎だったが、やはり飯崎はプリンが大好きらしい。そのプリンに向けている愛おしそうな目を、そのうち俺に向けてほしいものである。


 なにはともあれ、飯崎がこんなに喜んでくれているのなら、俺が熱海に来たのは間違っていなかったようだ。

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