第87話 ヤケクソ

 飯崎と謎の男の会話を聞いた俺は完全に気持ちが削がれてしまい、尾行をするのをやめて帰宅しようとしていた……なんて言うと思ったか‼︎ 俺はそんなにヤワじゃないからな‼︎ こんなところまで来てやめられるわけないだろ⁉︎


 あいつが飯崎と仲のいい男友達なのか、それとも彼氏なのかは定かではないが、会話を聞いている限りでは間違いなく彼氏なのだろう。

 それが分かってしまった以上、尾行を続けることに意味がないのは分かっているが、ここで尾行をやめて打ちひしがれた状態で家に帰ってしまっては俺のプライドが完全にへし折られてしまい、今後立ち直れるかどうかも分からない。


 それならまだ負けてやらない。俺にだってまがいなりにプライドってもんがある。こうなったらとことんあの謎の男のことを尾行してやるぜ。


 カフェを出た飯崎達はふただび繁華街にいくつかある百貨店の店内を回り始めた。


 沢山のショップを見ていく中で、唯一俺の救いだったのは飯崎と謎の男が手を繋いでいなかったことだ。あの2人は間違いなく付き合っているような会話の内容に聞こえた。

 しかし、間違いなくデートをしていると言うのに、手を繋いでいないと言うことは、もしかするとワンチャンあの2人は付き合っていないのかもしれない。


 ワンチャンとか言っちゃったよ。普段そんな言葉使わねぇのに。俺は完全にヤケクソだった。


 そして、謎の男と飯崎はコーヒーショップチェーンの前で立ち止まり、メニューを見始めた。それは手を繋ぐのと同じくらいデートの定番じゃねぇか。

 2人で1つのドリンクを飲み始めるようなことがあったらそれはもう付き合っているということで間違いないだろう。


「ああクソッ。頼むから2つ買ってくれよ」


「いや、これは1つだけ買う方が展開的には面白いでしょ」


「何言ってんだ面白くなんか……って誰だ⁉︎」


「何そんなにびっくりしてるの。くるみだけど」


 飯崎達に夢中になっていたせいか、俺の背後には気づかないうちにくるみが立っていた。

 いや、ここどこだと思ってんだよ。なんでこいつはこんなところにいるんだ?


「いやびっくりするだろ。ここにくるまで家から1時間以上かかるんだぞ? こんなところで何回もくるみに会うなんてそんなこと普通あり得ないだろ」


「いやいや、あり得るでしょ。女の子が買い物しにくるって言ったらこの辺だし」


 まあそう言われると確かに金尾ともこの辺りに食べ歩きに来たし、くるみは意外とこの辺りに足を運ぶ頻度が高いのか?


「……まあそんなもんか」


「それで、天井くんは何してるの?」


 ……言えるわけがない。飯崎を尾行していたなんて口が裂けても言えるはずがない。前はえらそうに尾行してたんじゃないかと飯崎達を疑っておいて、俺が尾行をしただなんて知られたら切腹物だ。


「べ、別に何もしてないよ」


「こんなところにいて何もしてないは流石に違和感があるんだけど」


 ぐっ。そりゃそうだ。焦って良い言い訳が思い浮かんでこない。


「な、なんでも良いだろ」


「あれ、あそこにいるのは莉愛ちゃん? しかもその横には男の人が……まさか天井くん?」


「ち、違うぞ‼︎ 尾行なんてしていない‼︎ 断じてそんなことはしてないからな‼︎」


「……天井くん。自分で言ってたら世話ないよ」


 俺は完全にくるみの口車に乗せられてしまったようだった。

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