第86話 謎の男

 飯崎は俺の知らない謎の男と合流してから百貨店に入っていった。店内を尾行するのは外で尾行をするよりも難易度はかなり高くなるが、ここまできてはい終わりというわけにはいかない。


 俺は意を決して百貨店の中へと潜り込んだ。


 百貨店に入ると、1階には各種ブランド店が勢揃いで、高そうな財布やアクセサリーが並べられている。こんなところを相方もいない高校生がたった1人で歩くのは場違いなのではないかと考えると、恥ずかしさで歩くのも嫌になってきた。


 しかし、同じ高校生といえ長身で爽やかイケメンな男と一緒に歩いている飯崎はこの場に相応しいように見えた。

 あの男は飯崎の何なのだろうか。同じ家に住んでいる俺でさえ知らない男がいるなんて信じられない。なぜ飯崎の隣を歩いているのが……。


 いや、なんでもない。


 普通に考えればやはり飯崎はデートをしにきたのだろう。あの男が誰かは分からないが、男女が繁華街にやってきて百貨店を回るなんていうのはデートの定番だ。


 飯崎たちはその後も百貨店を物色しながら歩き回り、今度は地下にあるお洒落なカフェへと入っていった。


 流石に中に入ると気づかれてしまう可能性もあるのではないかと怖気付きそうになったが、すでにもう後には引けないところまで来ている。

 もちろん尾行していることを気づかれたくはないが、最悪気付かれてしまってもいいから飯崎とあの男の関係を知りたい。


 それに飯崎が危ない男と関係を持っているのだとしたら、俺が守ってやらないと。


 そう思って俺は飯崎たちが入っていったカフェに突入し、できるだけ飯崎たちが座った席の近くに座って聞き耳をたてていた。


「莉愛ちゃんは何が好きなの?」


 盗み聞きは悪いことだというのは勿論理解している。

 しかし、俺はこの男が飯崎のことを下の名前で呼んでいることに腹が立った。俺ですらまだ下の名前で呼んだことないのに。


「特に好きなものはないですけど……」


「ほら、財布とかアクセサリーとか」


「うーん……。今食べてるプリンが1番好きですかね」


「プリンかぁ。それは盲点だった。今日は奢るからいっぱい食べていいよ」


「そ、そんなの申し訳ないんで大丈夫ですよ‼︎ それにいっぱいは食べませんし」


「そうだね。いっぱいは食べないだろうけど、この場は出させてよ」


「……ありがとうございます」


 なんだこいつ。完全に飯崎のことが好きじゃねぇか。飯崎に何かをプレゼントして好きになってもらおうって算段か。そんなのでうちの飯崎が落とせると思ったら大間違いだぞ。


 ……いや、というかもう付き合ってたりするのか? 俺が知らなかっただけで飯崎はもう自分に相応しいイケメン男子を見つけて付き合ってたというのか?


 まさかそんなことが……。いや、あり得る話だな。俺みたいな貧弱な男に魅力なんてない。

 そんなことを考えて卑屈になっていると、スマホの通知オンが鳴り思わずビクっとしてしまう。


 急いでスマホを取り出し、画面を開くと、くるみからのメッセージ内容が表示されていた。


『今日莉愛ちゃん、男の人と2人で遊びにいくって言ってたから気をつけてね‼︎」


 ……やはり勘違いでもなんでもなく、飯崎はこの男と遊びに来たらしい。

 そう思うとなんだか尾行している自分が真面目に思えてきて、俺の気持ちは削がれていった。

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