第65話 飯崎と小波
「それで、どうして私は飯崎さんの部屋にいるんでしょうか」
私が勉強机の前に置かれた椅子に座って携帯をいじっていると、絨毯の上に正座をしながら座っている小波さんが不貞腐れた顔で私に話しかけてきた。
そこで正座をされると以前私の部屋に入ってきたときに正座をしていた藍斗のことを思い出してしまうからやめてくれないかしら。
小波さんはあまり表情がなく、何を考えているのか表情から読み解くことは難しいので本当に不貞腐れているのかどうかは定かではない。
しかし、今の小波さんは語気が強まっていたせいか不貞腐れているような気がした。
「そ、そりゃそうでしょ。小波さんがあいつの部屋で寝るってなったら何されるか分かったもんじゃないわ」
「天井さんが何をされるか、というよりも私が何かをする方だとは思いますけどね」
「そ、それはそうかもしれないけど……ああもうややこしいわね」
澄ました顔でなんてことを言っているのだろうか小波さんは。普通に考えれば襲われるのは小波さんの方なはずなのに……。
とはいえ、改めて考えてみれば先程お風呂場でも襲われていたのは藍斗の方だったので、どちらかと言えば藍斗の身の方が危ないというのは正しい意見だ。
それなら尚更藍斗と同じ部屋で小波さんを寝かせるわけにはいかない。藍斗の貞操は私が……って何考えてんのよ私⁉︎
「一般常識で言えば男性が女性を襲いますからね。ややこしくてすいません。まあ私はむしろ襲われたいくらいなのですけど」
「どうしてそんなにあいつのことが好きなの? 今まで関わりなんてなかっただろうし、さっき初めて喋ったくらいの勢いなんでしょ?」
「ひとりぼっちの私に声をかけてくれただけでも好きになる理由としては十分ではないでしょうか。まあ流石に声をかけられただけで自分の初めてを捧げようと思う人はあまりいないと思いますけど」
ずっと1人でいるところに優しく声をかけられればそれがきっかけで声をかけてくれた人のことを好きになるのはあり得る話なのかもしれない。
とはいえ、流石に処女捧げようとは思わないでしょ⁉︎ え、それとも誰でもそう思うの? 私がおかしいの?
「自分の考え方が異常だって理解はあるのにどうして藍斗に処女を捧げてもいいかもって思ったのよ」
「……1人が嫌だったんです。本当に本当に、心の底から嫌だったんです。早くこの寂しさから解放されたい、誰かと関係を持ちたい、ずっと一緒にいたいって思ってました。そう思っていたせいで既成事実を作ろうとしたんだと思います。冷静になってから考えると自分でも危ない奴だなと思いますけどね」
「自分が危ない人だってことに気づいてくれてて安心したわ。1人が寂しいのは分かるけどね、流石にそれで既成事実作ろうと思う人はいないわよ」
「そうでしょうね。……でもまさか既成事実を作ろうとした同級生が同じクラスの美少女と同棲してるなんて……。飯崎さんが羨ましいです」
飯崎さんが羨ましい。
私たちの事情を知らない小波さんが私に対してそう言ってしまうのは小波さんのせいではない。むしろ私たちの関係性を伝えていない私が悪い。
だから、小波さんを責めるつもりは一切ない。
しかし、私からしてみればどれだけ仕事が忙しくて家に両親がいなかったとしても、生きてこの世にいてくれているという状況は喉から手が出るほどに羨ましかった。
「……私は小波さんが羨ましいよ」
「……え?」
「なんでもない。それじゃあもう寝ましょう。明日も早いし」
そう言って私は今の感情を忘れ去るようにして部屋の電気を消した。
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