第76話 一生のお願い

 くるみが逃げるように帰っていき、俺と飯崎がそのまま帰宅しようとしていると瀬下に呼び止められ、俺たちは瀬下の話を聞いていた。


「頼む、帰らないでくれ‼︎ 俺の相談に乗ってくれ‼︎」


 瀬下は頭を下げながら、必死に俺たちに頼み込んでいるが、俺は瀬下のお願いを聞くつもりはない。


「あ? 俺は自分の家に女子3人を連れ込むっていう自慢をしてくる奴の相談になんて乗りたくねぇ」


「いや、あれ自慢じゃねぇから‼︎」


 先程までは瀬下の話を聞いていた俺たちだったが、急にモテている自慢をしてきたことで話を聞く気がなくなった俺は帰宅しようとしているのだ。


「あのな、俺たちは悩み相談解決アドバイザーじゃないんだぞ?」


「そこをなんとか、一生のお願いだ‼︎」


「一生のお願いっていうのは一生に1回なんだぞ……」


「まあ良いじゃない。話だけでも聞いてあげましょうよ」


 俺は自慢をしてきた瀬下の相談に乗る気はなかったが、俺の横にいる飯崎はそうでもないようでやたらと目を輝かせている。

 まあ女子は恋バナの類が大好きだからな。きっと身近なくるみと瀬下の恋バナと聞いて居ても立ってもいられないのだろう。


「ありがとう。くるみの話なんだけどな、俺、くるみと仲直りしたいんだよ」


「仲直りってことはやっぱり喧嘩してるの?」


「喧嘩をしてるかって聞かれたら、明確に喧嘩をしているわけではないんだけどな……。でも、くるみが急に冷たくなったのは俺が女子を家に連れ込んだことが原因だと思うんだよ」


 理由が分からないまま喧嘩をするなんてそんなバカな奴らが一体どこに……。

 あ、俺もそういえば飯崎が俺に冷たくなった理由知らないわ。十中八九羽実子さんのことなんだろうけど。


「理由が明確になってないのに仲直りなんて無理だろ」


「まぁそうだよな……」


「いや、方法はあるわ」


 飯崎はいつになく集中力が高い。なぜそんなに集中力が高いのかは聞かないことにしておこう。きっと親友であるくるみのために真剣に解決策を考えているのだろう。

 決してただ面白いからという理由だけで相談に乗っているというわけではないはずだ。


 ただ、目の輝かせ方と微妙に粗い鼻息からは明らかに面白いから相談に乗っているというのが分かる。もうちょっと隠せよ飯崎。瀬下には気づかれてなさそうだからいいけどさ。


「その方法ってのは?」


「明確な理由が分からないとはいえ、仲が悪くなっているのならくるみが何か嫌な思いをした可能性が高いわ。じゃあその苦い経験を塗り替えるくらい瀬下くんがくるみを喜ばしてあげればいいのよ‼︎」


「……なるほど。確かにそれなら嫌なことは忘れてくるみも喜んでくれるかもしれないな」


「そうか。その手があったか。ありがとう飯崎さん。それじゃあくるみが喜ぶことを考えればいいんだ‼︎」


 瀬下は希望を見つけ表情を明るくさせる。そんなキャラだったっけか。


「そういえばくるみってもうすぐ誕生日じゃない?」


「ああ、そういえばそうだな。すっかり忘れてたけど」


「じゃあ解決策は瀬下くんがくるみに誕生日プレゼントを渡すってことで決定ね‼︎」


 誕生日プレゼントか……。


 誕生日に瀬下がくるみにプレゼントを渡してくるみが喜ぶ可能性は大いにある。

 何せ俺自身が幼馴染に誕生日プレゼントをもらって大いに喜んだうちの1人なのだから。


 特別な日に好きな人から貰うプレゼントというのは特別な意味を持っている。……いやまだ俺は飯崎のことが全面的に好きってわけじゃないけどね?


「私もくるみに何かプレゼントを渡すつもりだったんだけど……。この土日に一緒に買いに行く?」


「そうだな。それがいいだろう」


「2人とも……。ありがとう」


 正直少し面倒ではあるが、瀬下とくるみの関係がこれ以上悪化するのは俺としても望んでいない。

 こうして俺たちは3人でくるみのプレゼントを買いにいくことになった。

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