第72話 同棲

 買い物先で瀬下を見つけた俺たちは尾行を開始することにした。

 飯崎の機嫌が悪い理由は言うまでもなく、俺が尾行のことで飯崎をいじったからだろう。


 尾行なんて普通よっぽど好きな人にでもないとしないからな。尾行ってやってることはもうストーカーと一緒だ。

 きっと今日を最後に俺がこの先の人生で尾行をすることは1度だってないだろう。

 

 そうは思いながらも初めての尾行に俺は思わずテンションが上がっていた。


「アンタ、さっきまで重い重いって弱音吐いてたくせにもう全然何も言わなくなったじゃない」


 指摘されるまで気がつかなかったが、先ほどまで重くてどうしようもなかったはずの荷物の重さを忘れてしまっていた。

 重い荷物を持つ苦痛よりも瀬下を尾行する楽しさが勝っているということなのだろうか。


「多分荷物の重さよりも瀬下の家がどこにあるのかが気になるんだろうな」


 あくまでも瀬下の家がどこにあるかが気になるということにして、尾行自体を楽しんでいるわけではないことを俺は強く主張した。


「現金な人ね……」


「現金はみんな大好きだろ。あ、瀬下のやつ、マンションに入って行ったぞ」


「本当ね……え? あそこって……」


 瀬下がマンションに入っていくのを確認した飯崎の表情は一瞬で困惑の表情に変わった。


「どうかしたか?」


 俺がそう訊くと、飯崎はしばらく悩んでから返答した。


「私の記憶違いかとも思ったんだけどね、あそこ、くるみが住んでるマンションだわ」


「……マジかそれ」


 嘘のような話で疑いたくもなったが、飯崎は俺の反応を見て楽しむためにそんな器用な嘘が付ける人間ではない。

 となるとここは瀬下が住んでいるマンションでもあり、くるみが住んでいるマンションでもあるということになる。


 まああの2人が幼馴染だというのは以前から聞いていたので、同じマンションに住んでいるということも当然考えられるわけで、あまり驚くことでもないのかもしれない。


「まさか瀬下くんも同じマンションに住んでるとは思ってなかったわ」


「くるみの家って何階か覚えてるか?」


「たしか4階の5号室よ」


 5号室か。あのマンションは外から見るに1フロアに5個の部屋がある。

 となるとくるみは1番端っこの部屋に住んでいることになる。


「てことは瀬下が4階の4号室である可能性が高いな」


「なるほどね。確かに幼馴染っていうくらいなんだから隣同士なのかもしれないわね」


「まぁここまで分かったらもうどうでもいいか。瀬下がくるみと同じマンションに住んでるっていうのが分かったのは面白かったけど、分かった途端荷物が重くなってきたわ」


「荷物の重さが変わるわけないでしょ……ってちょっと待って」


 瀬下がどこに住んでいるかを突き止めてスッキリした俺が帰路につこうとすると、飯崎に呼び止められてしまう。

 俺を呼び止めた飯崎はマンションの方は見てなにやら神妙な面持ちをしている。


「どうした? そんな顔して」


「あれ見て。瀬下くん、今4階の5号室のインターホンを押したわ」


「……は? いやでもそこってくるみの……」


「見て‼︎ 部屋の中からくるみが出てきた‼︎」


「本当か⁉︎」


 俺は4階の5号室に目をやる。


 すると、4階の5号室からは確かにくるみが出てきているのを確認した。


「……ええ。あれはどう見てもくるみね」


「見間違えるはずないわな。てことは瀬下はくるみの家に遊びに行ったってことか?」


 そう思った矢先、くるみのとんでもない発言が俺たちの耳に入ってきた。


「鍵くらい自分で開けてよね」


 --は? 鍵くらい自分で開けろ?

 ってことは瀬下はくるみの家の鍵を持ってるってことか?


「今の聞こえたか?」


「……ええ。バッチリ聞こえたわ」


「瀬下がくるみの家の鍵を持ってるってあり得るのか?」


「いくら幼馴染だからって、家の鍵を渡すなんてことまずないわよね」


「ってことはあの2人、まさか……」


「「同棲してる⁉︎」」


 自分たちが同棲をしているからこそ思い浮かんだ発想かもしれないが、珍しく俺たちの息はピッタリだった。

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