8章 瀬下とくるみの住処

第71話 休日の遭遇率は意外と高い

 土曜日、自宅の最寄駅から一つ離れた駅付近で俺は飯崎に命令されて荷物持ちを任されていた。

 

 お泊まり会に参加してから小波が俺たちの家に押しかけてくる頻度は少しずつ減り、元通りの生活に戻り始めている。 

 

「なぁ、なんで俺だけスーパーの袋3袋も持って歩いてんの? せめて1袋くらい持ってくんない?」


「こういうときは男が持つのが普通でしょ。意地見せなさいよ」


 今日は母さんにおつかいを頼まれて2人でこうして食料品や日用品を買いに来たのだが、驚くのはその量だ。

 右手に2袋、左手に1袋を持って帰路についてはいるが、いつ腕がちぎれてもおかしくない程の重量がある。


 昔ながらの男が力仕事担当の風習、俺は嫌いだ。

 結婚したら家事もちゃんと分担してやるつもりだ

し、力仕事もちゃんと分担を……。


 いや結婚とか何言っちゃってんの俺。

 まだ飯崎と結婚するなんて決まっていないし、それどころか付き合ってすらいない。


 さらに言うのであれば飯崎にこれまでされた方仕打ちを考えると、未だに飯崎のことを素直に好きとは言えない状況なのである。

 そんな状況で、なぜ結婚という突拍子もないワードが出てきてしまったのだろうか。


「意地なんてねぇよ。てか毎回こんなに買ってるのか?」


「普段はそんなに買わないわよ。今日は特売日のスーパーがあったから、陽子さんにお願いされて買いだめしてるだけ」


 今日は最寄りのスーパーからもう一つ離れたスーパーへが特売日ということで電車に乗って買い物にやってきていた。

 母さんが忙しいときはこうして飯崎と俺が買い物に行くこともある。


 飯崎から出かけるわよ、と言われたときに若干胸を弾ませたのは内緒である。


「そういうことか……。いやこれマジで重いんだけど」


「もう少しで駅に着くわ。頑張って持ちなさい」


 運動とか力仕事とか苦手なタイプなの分かってるだろ? 家で漫画読んだりゲームばっかしてるんだぞ俺。


「頑張れっていったっておまえな……」


 根性論を語る飯崎にはもう何を言ってもダメだと諦めていると、遠目に見覚えのある顔が見えた。

 見間違いかとも思って目を細めてみるが、やはり見間違いではないようだ。


「……ん? なぁあれ」


「なに? どうかした?」


「あれって瀬下じゃないか?」


「え? 瀬下くん? ……本当ね。あれは瀬下くんだわ」


 帰宅するために駅に向かっていると、駅の近くを瀬下が歩いているところを発見した。

 確か家がこの辺だとは聞いたことがあるが、まさかこんなところで遭遇するとはな。

 

「そういえばあいつ家がこの辺だって言ってたわ。でも行かせてくれって言うと絶対拒否されるのな」


 なぜか瀬下は俺が瀬下の家に行こうとするとそれを拒否する。割と全力で拒否する。

 まあエロ本でも大量に置いてあるのだろうとそのときは気に留めなかったのだが、今になってその理由が気になってきた。


「ああ、そういえばくるみの家はあそこのマンションだもの。幼馴染っていうくらいなんだから家が近くても違和感はないんじゃない?」


 あーなるほど。くるみと家が近いから俺が行くと色々と面倒くさいのか。

 だからこれまで俺が家に来るのを拒否していたんだな。


 とはいえこの理由は推測でしかなく、瀬下が俺を家に呼ばない本当の理由は分からない。


「……なあ、ちょっと気にならないか?」


「気になるって何が?」


「瀬下の家がどこにあるのか」


「まぁ気にならなくはないけど……ってアンタまさか瀬下くんを尾行するつもり?」


「まぁそういうことだ」


「そんな、尾行だなんて……」


 俺は尾行をためらう飯崎を見て飯崎のことを嘲笑う。


「だって飯崎、尾行のプロだろ?」


 俺は飯崎が俺と金尾が出かけた際に俺たちを尾行していたことを思い出して思わず弄ってしまう。


「な、何言ってんのよアンタ‼︎ あ、あれは尾行じゃなくて……」


「わかったわかった。ほら、はやくいくぞ」


「……もう。しょうがないわね」


 今考えるとなぜ飯崎は俺のことを尾行していたのだろうか。

 家族だから、という理由を使うにしては飯崎の俺に対する好感度は低すぎる。


 もしかしたら飯崎は俺と金尾が2人で遊びに行くのが嫌だったのか? だからどこに行くかを監視していたのか?


 ってことは飯崎は俺ことが……。


 まぁ今はそんなことを考えていても仕方がない。

 

 とにかく俺たちは瀬下の尾行を開始することにした。

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