第69話 真っ直ぐな目
小波さんはお泊まり会以降、私たちの家に泊まりに来ることはなくなり自宅へと帰っていった。
私たちと友達になったことで自宅へと帰っていったのだとしたら、小波さんは藍斗が好きだったわけではなく1人が寂しくて友達が作りたかっただけなのだろうか。
無理して1人ではなくなろうとして藍斗と関係を持とうとしたのだとしたら小波さんが本当は藍斗のことを好きではないということも十分にあり得る。
それならそれで私としてはライバルも減るしありがたい限りだ。
何にせよ、小波さんが自宅に帰ってくれて本当に良かった。
なんて悠長なことを考えていたのは数分前の話。
「へぶっ」
私の顔面に柔らかくも重たい衝撃が走る。
「すいません飯崎さん。命の恩人である天井さんにお願いされたら断れないので」
私の部屋には私たちの家に寄り付かなくなったはずの小波さんと同居人の藍斗がいた。
藍斗が何やら小波さんに耳打ちをしているなと思ったらこのことだったのね。
いや、というか何で私枕を顔面に投げつけられないといけないの⁉︎
「なんで枕なんか投げるようにお願いしてんのよ」
「いや、なんか呆然としてたから目を覚ましてやろうかと」
「目を覚まされる方法が枕をぶつけるってどれだけ手洗いのよ……っていうか小波さん‼︎ なんでナチュラルにまた家に来てるのよ‼︎」
「大丈夫ですよ。別に泊まるわけじゃないですし。でもこの家にはたまにこうやって遊びに来ることにしました」
「え、たまにの頻度ってどれくらいなの? やっと自分の家に帰ったと思った次の日にまた来てる時点で絶対頻度がたまにじゃないんだけど?」
「それはは難しい質問ですね。たまにの度合いなんてその人の匙加減次第ですから」
その言い方だと下手すれば毎日来てもたまにしか来ていないと言い張りそうだ。
「匙加減次第って言ったって限度があるでしょ⁉︎」
「おい飯崎、あんまり騒ぐなよ。近所迷惑だ」
「騒ぐなってなによ‼︎ アンタもうんうん頷いてないで小波さんにこの家に住み着かないよう言ってよね‼︎」
「大丈夫だって。小波もたまにって言ってるんだから」
そう言って藍斗は小波さんの頭をわしゃわしゃと撫でる。
な、なによあれ‼︎ 私も撫でてもらいたい‼︎
……じゃなくて、何であんなに懐いてんのよあの子‼︎
「もう……。本当にたまににしなさいよ。頻繁に来たら私が追い返すから」
「分かりました。それじゃあ私はそろそろ帰りますね。長居するのも申し訳ないですしお邪魔なようなので」
「そう思うならそもそも頻繁に家に来るのやめてくれない⁉︎」
急に帰ると言い出した小波さんは私の方を見る。
……え、なに、何でそんなに私を見るの? 私小波さんになにかした?
--もしかして私が藍斗のことが好きなのバレてる⁉︎
いや、まさかそんなわけは……。
「じゃあもう2度とこの家には来ません。お世話になりました。それでは」
「え、ちょ、ちょっと何よ急に」
小波さんは先ほどまでとは打って変わって急にもうこの家に来ないと言い始めた。
それは私にとってありがたいことなのだけど、そうすんなり了承されるとそれはそれで……。
「飯崎さんが私のことを疎ましく思っていそうだったので早く帰ろうかと」
「……べ、別にそんなこと思ってないわよ。たまには来なさいよね」
「……はぁ。そういうところを好きになったんですかね」
「……え? 何の話?」
「それでは私は本当に帰ります。飯崎さんがたまには来てもいいと言ってくれたので、たまにはお邪魔させていただきます」
そう言いながら小波さんは私の部屋を出て階段を降りていく。
……あれ、というかこれしてやられたわよね私。
どうやら私は小波さんの術中にハマってしまったようだ。
とにかく、小波さんが帰る前に私が藍斗のことを好きではないと伝えなければ。
いや、好きなんだけどね? 好きなんだけど小波さんも藍斗のことが好きな可能性がある以上、私が藍斗のことを好きだとバレてしまうのはさらに話をややこしくしそうなので今はまだ隠しておきたい。
そう考えた私は1番後ろをゆっくりと歩いてくる藍斗に気付かれないように小波さんに耳打ちした。
「小波さん、私別に……」
「分かります。好きなんですよね? 天井さんのこと」
「そうなのよ好きなのよ……っていや好きじゃないけど⁉︎ 何を言ってるの⁉︎」
「私は羨ましいのです。私が飯崎さんなら今すぐにでもアタックして天井さん手に入れるところなのに」
「そ、そう。小波さんはやっぱり藍斗のことが……」
「はい。好きです」
私が皆まで言う前に、小波さんははっきりと真っ直ぐな目で藍斗が好きだと言った。
私には藍斗のことをこんなにまっすぐな目で好きだと言える自信はない。
くるみに伝えるときだってかなり狼狽えて目が泳いでいたというのに。
「なので、負けませんよ」
「……そう。好きにしなさい」
「はい。それではまた」
こうして小波さんは自分の家へと帰っていった。
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