第63話 風呂場での強行

 俺は小波を家へと連れ帰って風呂に入れることにした。


 お互いかなりのびしょ濡れではあったが、ちょっとやそっとのことでは風邪をひかない俺よりも、華奢ですぐに風邪をひいてしまいそうな小波を風呂に入れてやる方が先だった。


「ほら、先風呂入れよ。沸いてねぇけど、シャワーの温度高くすれば十分あったまれるから」


「大丈夫です。先に入ってください」


「いいから。早く入ってくれ。お前が早く入ってくれないと俺が風呂に入らないだろ」


「……わかりました」


 分かったと言ってそのまま風呂場に入っていくのかと思いきや、小波は風呂場に入って行こうとしない。


「どうした? 着替えなら持ってくるから大丈夫だぞ」


 こういうとき、普通なら俺のサイズの服を貸してブカブカの服を着ている小波にキュンときたりするのかもしれないが、あいにくうちには女性用の服が沢山ある。


「……えっと」


「ん?」


「私がお風呂に入ってる間、お風呂の扉の前にいてくれませんか?」


「ああ。それなら洗面所の扉の前で座っとく」


「いえ。洗面所の中に入ってお風呂の扉の前で待っていてください」


「……は⁉︎ 風呂の扉の前⁉︎」


 大体の家が俺の家と同じ作りになっているだろうが、俺の家の風呂の扉はプラスチック素材で磨りガラスの様にうっすらと仲が見えるようになっている。


 磨りガラスのおかげでぼやけているし中がしっかりと見えているわけではないが、逆に言ってしまえばぼんやりは見えてしまうのだ。


 風呂の扉の方を向かなければいいだけの話なのかもしれないが、何かの間違いで一瞬でも扉の方を向いてしまえば小波のあられもない姿が、うっすらと見えてしまうだろう。


 それは避けたいところなのだが……。


「……ダメですか?」


「分かったよ……」


 俺が風呂の扉の前に座っているときに飯崎がタイミング悪く帰ってくる可能性もある。

 そう考えると小波のために風呂の扉の前で座っているのはかなりリスクが高い行為だ。


 しかし、小波の潤んだ目を見ていると断ることはできなかった。




 ◇◆




 小波から、もう大丈夫、と声をかけられて洗面所の中に入った俺は風呂の扉から目を逸らしながら背を向けて扉の前に座った。


 よし、このままあとは前を向いているだけだ。そして飯崎が帰ってこなければ何も問題はない。


 よし、煩悩は捨てろよ俺。


「……いますか?」


「……いるよ。そっちから見えてるだろ」


「……そっちからも」


「ち、違う‼︎ 今のは言葉の綾だ‼︎ 決して風呂の方を向いてはいないぞ⁉︎」


 危ない。危うくド変態のレッテルを貼られるところだった。

 やはりこんな危険な任務を引き受けるべきではなかったのではないだろうか……。


「今シャンプーしてて扉の方を見れないんです」


 ってことは俺が今風呂の方を向いても小波は俺が風呂を見ていたことに気がつかないわけか。


 ……ってバカ‼︎ 何考えてんの俺⁉︎ やっぱ男って野獣なのか⁉︎


「なるほどな。それで、いくら両親が仕事とは言え何であんなところでびしょ濡れになってたんだよ」


 変な気を起こしてしまわないよう俺は小波にどしゃ降りの雨の中で公園のブランコに座っていた理由を確認した。


「……両親の仕事が終わるのが遅くて家に帰っても私は寝るまで一人ぼっちなんです。それで家に帰るのが寂しくて……」


 俺も家に帰ってきて一人で寂しいことには記憶がある。


 昔は父さんも母さんも帰りが遅く、俺が一人で家にいることが多かった。まあ仕事が忙しいのは今も変わらずだけど。

 俺は一人の時間が割と好きなのであまり苦ではなかったが、今となっては飯崎が絶対に一緒にいるので一人になることはあまりない。


 コナミは俺と違って、昔から今日までずっと1人ぼっちだったのだろう。


「俺も同じ経験があるから。気持ちはわかる」


「……なぜでしょう。天井さんには自分のこと、スラスラと話せちゃいます」


 同じクラスの俺があまり存在話知らないレベルなのだから、おそらく小波は人と関わるのが苦手なのだろう。

 それでも俺にこうして心を開いてくれているのは、俺が小波と同じオーラを放ってでもいるからなのだろうか。


「……またいつでも来いよ。賑やかなのは嫌いじゃない」


「ありがとうございます。もうシャワー終わるので、出て行ってもらって大丈夫です」


 俺と話していたからか、小波の声色は先ほどよりも格段に元気になっている様な気がして安心した俺は言われた通り洗面所から出た。




 ◇◆




「もう入って大丈夫ですよ」


 小波からそう言われた俺は何も考えずに洗面所の中に入った。


「あったまったか……っておまっ⁉︎ 何だその格好は⁉︎」


 俺が洗面所に入ると、着替えを置いておいたはずなのに、小波はタオルを巻いているだけで下着を着ている様子もない。


「天井さんなら別に恥ずかしくないなと思って」


「恥ずかしくないわけないだろ⁉︎」


「どうですが天井さん。私と」


 そう言って皆川は俺に詰め寄ってくる。


「ちょちょっと待て⁉︎」


 そして俺は後退りし、洗面所の扉にもたれかかった。

 俺がもたれかかった扉は少し開いていたようで、俺はそのまま後ろに倒れ込んだ。


「--っ‼︎」


 倒れ込んで慌てている俺の眼前には飯崎の姿が見える。タイミングは最悪だ。


「……あ、おかえり。お前も風呂入る?」


 慌てた俺はわけのわからないことを口走ってしまう。


「何やってんのよアンタは‼︎」


 そう声が聞こえた瞬間、俺の視界は真っ暗になった。

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