第60話 これはもう好きってことでいいんじゃないでしょう

 飯崎の部屋の中にはいつも飯崎から香ってくるいい匂いが充満している。

 いい匂いに包まれて、あたかも飯崎に抱きつかれているかのような錯覚に……ってそれはないだろ。変態だぞそれは。


 ピンクを基調にして配置されたインテリアに枕元にはかわいらしいぬいぐるみが何個か並べられており、これが同級生の女の子の部屋かと思わず部屋の中を見渡してしまう。


 そんなピンク基調の部屋の中で俺は絨毯の上に正座していた。


「なんで正座してんのよ」


 飯崎からの質問はごもっともだ。

 これまで飯崎の前で正座をしたことなど一度もないし、普通なら同居している家族の前で正座をするなどおじいちゃんおばあちゃん世代でもないとするはずがない。


 しかし、ここは飯崎の部屋だ。

 俺は今まで一度として飯崎の部屋に入れてもらったことはない。

 それなのに、今日突然部屋に入れられたのだとしたら委縮もするし緊張もしてしまうだろう。


「いや、だって今まで飯崎が部屋の中に入れてくれることなんてなかっただろ? ここから1ミリでも動いたら俺のツヤツヤでスベスベの頬を平手打ちされるんじゃないかと思って」


「そ、そんなことしないわよ‼︎ アンタの中で私のイメージってどうなってんの⁉︎」


 いや、飯崎のここまでの俺に対する態度を考えたら頬をひっぱたくくらいなら正直簡単にやっちゃいそうなんだけど。それどころかグーで思いっきり殴られそうなんだけど。


「べ、別にそんな悪いイメージはねぇよ。てかどうしたんだよ急に部屋に押し込んで」


「べ、別になにもないけど」


「用事もないのに部屋に押し込むなんてあり得ないだろ」


 俺の部屋の前に立っていても用はない、そして急に自分の部屋に招き入れても用がないとなれば飯崎が何を考えているのかが全く分からない。


「理由がないわけじゃないっていうかなんていうか……」


「……あれ、その写真って……」


 飯崎が何を考えているか分からず頭を抱えていると、机の上に何か写真がおいてあるのを見つけた。

 飯崎の体が邪魔をしてよく見えなかったが、あれは飯崎と……俺の写真?


「写真なんてないけど!?」


「え、でも今確かに何かの写真が……」


「何でもないわよ!!」


 机の上には確かに写真が置かれているような気がしたのだが、飯崎がなんでもないと言い張るのだから俺の勘違いか?

 でも確かに俺が写った写真が飾ってあったような……。


 いや、俺が飯崎の部屋に置かれている写真に自分が写っていてほしいという願望を抱いていたせいで自分が写っているように見えたのだろう。そうじゃないと辻褄が合わない。


「ま、用がないなら帰るわ。俺は部屋で寝転んでYouTubeでも……」


「ちょっと待ちなさいよ‼︎」


 写真のことは忘れて飯崎の部屋を立ち去ろうとした俺は再び飯崎に制止され、体を動かすのをやめた。


「え、な、なんだよ。やっぱり1ミリでも動いたらダメなの?」


「そ、そう言うわけじゃないけど」


「なら今度こそ本当に行くからな」


「ちょっとまって‼︎」


「こ、今度はなんだよ……」


「振り向かないで‼︎」


「--え⁉︎」


 部屋から出るのもだめ、振り向くのもダメとなればもう何もしようがない。だるまさんが転んだでもやっているような気持ちになりながら、飯崎に身を委ねるしかなかった。


「手を後ろで組みなさい」


 ……え? 後ろで手を組む?


 後ろで手を組まなければならない状況なんて、手錠をかけられるときくらいなもんだ。


「え、なに俺今から手錠でもかけられんの? てか飯崎そんなもん持ってんの⁉︎」


「持ってるわけないでしょバカ‼︎ 早く手を後ろにしなさい‼︎」


 俺は飯崎に言われるがまま、後ろで手を組んだ。


 その瞬間、飯崎の柔らかい手が俺の手に触れ俺の手を開き何かを握らせてきた。


「え、何これ怖いんだけど爆弾とかじゃねぇよな?」


「だとしたら私も一緒に吹っ飛ぶから大丈夫よ。ほら、もう部屋に戻りなさい」


「いや大丈夫じゃねぇだろってか急に冷たくない⁉︎」


「いつもこんなんよ‼︎ ほら早く行きなさい‼︎」


 飯崎が俺に何を持たせたのか気になりながらも、俺は追い出されるような形で部屋を出ていくこととなった。


 何事かと思いながらそのまま自室に戻り、手渡されたものを見ると、大きめの紙袋だった。


 ……まあ紙袋の中に爆弾が仕込まれてるってことはないわな。

 そう思い安心した俺は飯崎から手渡された紙袋の中身を確認した。


 そこにはあまりにも予想外のものが入っていた。


 紙袋に入っていたのはラッピングされリボンがついた箱。これは誰がどう見たってプレゼントだとしか言いようがない。


 ……これはもしや、誕生日プレゼントか?


 そのままラッピングをはがし箱を開けると、そこに入っていたのはティーカップだった。


 え、飯崎さん、これはもう俺のことが好きってことで間違いないですよね?

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