第59話 昔と今の違い

 飯崎が映画館からいなくなってしまったときは流石に焦ったが、結果的には飯崎と合流して無事家にたどり着けたので問題はなかったと言っていいだろう。


 気が抜けて飯崎と2人で帰宅してしまい、やたらと両親に問い詰められたのは飯崎にも申し訳ないが、これは2人の落ち度なのでそこまで申し訳なさを感じる必要はない。


 飯崎が俺の前からいなくなった理由は病院にお婆さんを連れて行ったかららしいが、そんなドラマみたいなこと本当にあるんだな……。


 飯崎のことだから後先考えずにお婆さんのために行動してしまったのだろうが、いつか自分を滅ぼす可能性もあるのでもっと自分のことを大切にして行動してほしい。


 そう思いながらリビングで携帯を弄っていると、画面上部に通知がきた。


瀬下

<今日俺のばあちゃんがじいちゃん危篤状態で病院に連れてってもらったらしいんだけど>

-19:35


瀬下

<そん時どうやら飯崎さんに助けてもらったみたいだぞ>

-19:35


瀬下

<あ、あとじいちゃんはピンピンしてたわ!!笑>

-19:36


 ……まじか。本当にドラマだなこれ。


 飯崎が助けたのは瀬下のばあちゃんだったのか。


 飯崎はお婆さんが瀬下のばあちゃんだとは知らずに助けたはずだ。

 俺なら見ず知らずのあばあさんが困っていたとき、自分の用事を放り投げてまで助けることができただろうか。


 俺にはそれはできていなかった気がする。それで後から後悔するのだろう。


 おじいさんが危篤状態という状況を自分が母親を失っているという状況に重ねてしまったのだろうが、その状況がなかったとしても飯崎はお婆さんを助けているはず。

 何の迷いもなく困っている人を助けるという飯崎の人柄に俺は感心すると同時に、そんな優しい行動から昔の姿を思い出してしまった。


 なぜこれ程までに人のことを考えられる優しい飯崎が俺のことを蔑むような発言をしていたのだろうか。

 これまでの冷たい発言は俺の聞き間違いなのではないかと思ってしまうレベルである。


 そんなことを考えながら自室に戻るために俺はリビングを出て階段を上り始めた。そして階段を上り終えると、飯崎が俺の部屋の扉の前で何やらもじもじしながら立ち尽くしていた。


 声をかけずにそっと1階へと降りていくことも考えたが、飯崎が俺の部屋の前で何をしているかが気になった俺は声をかけることにした。


「何やってんの?」


「へぁっ⁉︎」


 俺が後ろから声をかけると飯崎は体をビクッとさせて変な声を上げた。


「な、なんだよそんなに驚いて。こっちが驚くじゃねぇか」


「さ、最初に驚かしたのはそっちでしょ⁉︎」


 確かに飯崎を驚かせてしまったのは俺ではあるが、人の部屋の前で立っている方にも原因はあると思う。


「いや、だって俺の部屋の前で飯崎が不審な行動してるからそりゃ声かけるだろ」


「そ、それはそうだけど……」


「で、何か用か?」


 俺が飯崎になんの用かを尋ねると、一瞬体をピクっと動かし、そのあとで飯崎はまた固まってしまった。


「……と、特に用は」


 何度も言うが、理由もなく人の部屋の前に立っているなどあり得るはずがない。しびれを切らした俺は飯崎を退けて自室に入ろうとした。


「そうか。それならもう部屋に入らせてくれ」


「それはダメ‼︎」


「え⁉︎ なんで⁉︎」


 俺が部屋に入ろうとするとそれはだめだと飯崎が俺を制止する。俺の部屋の前に立っていたというのに用も理由もないと言っておきながら、俺を止める理由はなんだ?


「だ、ダメなものはダメなのよ」


「いや、わけがわからなさすぎるだろ。ここ俺の部屋なのに」


「と、とりあえず私の部屋に来なさい」


「ん、わかった……って余計にわけが分からないんだけど⁉︎」


「いいからきなさい‼︎」


 飯崎も混乱した様子でもはや正常な思考ではなかったと思うが、俺は背中を押され無理やり飯崎の部屋へと招かれたのだった。

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