第58話 後先考えない方がいいこともある

 無理やり藍斗を私の部屋に押し込んだわけだが、藍斗が自分の部屋に帰ろうとしていたことに混乱していた私はこの先のプランをどうするかなどまったくもって考えていなかった。


 私は椅子に座り、藍斗は私の部屋に惹かれている絨毯の上に正座していた。


「なんで正座してんのよ」


「いや、だって今まで飯崎が部屋の中に入れてくれることなんてなかっただろ? ここから1ミリでも動いたら俺のツヤツヤでスベスベの頬を平手打ちされるんじゃないかと思って」


「そ、そんなことしないわよ‼︎ アンタの中で私のイメージってどうなってんの⁉︎」


 藍斗の私に対するイメージはどうやら相当悪いらしい。

 流石に平手打ちなんてするわけないでしょ、とは思いながらも、今まで私がとって来た行動を思い出すと自信を持って平手打ちをするわけがないとは言えなかった。


「べ、別にそんな悪いイメージはねぇよ。てかどうしたんだよ急に部屋に押し込んで」


「べ、別になにもないけど」


「用事もないのに部屋に押し込むなんてあり得ないだろ」


 そ、それは確かに一理ある。


 それに、理由もないのに急に部屋に連れ込まれたとなったら私がどうしようもなく藍斗のことが好きみたいじゃない‼︎


 いや、好きなんだけど。好きなんだけどね?


 あーダメだ。なんか藍斗に悪態つくのが癖みたいになっててどうしても藍斗にきつく当たってしまう。


「理由がないわけじゃないっていうかなんていうか……」


「……あれ、その写真って……」


 ――!?


 そう言って藍斗が前かがみになって視線を送ったのは私の机の上に置かれていた私と藍斗の2ショット写真。


 私は焦ってその写真盾を倒す。


「写真なんてないけど!?」


「え、でも今確かに何かの写真が……」


「何でもないわよ!!」


 まさか藍斗のことが好きすぎてその写真を毎日部屋で眺めていたとは言えない。

 プレゼント渡すのを忘れていたり自宅に藍斗と2人で帰ってきてしまったり、挙げ句の果てには絶対に見られたくない写真を机の上に置いているのを忘れて藍斗を自室に招き入れるなんて……。


 今日の私はどうかしている。


「ま、用事がないなら帰るわ。俺は部屋で寝転んでYouTubeでも……」


「ちょっと待ちなさいよ‼︎」


 藍斗が部屋に戻ろうとして正座を崩して立ち上がろうとしていたので、私は思わず大きな声で藍斗を呼び止めてしまった。


 まだ、まだ私の目的は達成されていない。


「え、な、なんだよ。やっぱり1ミリでも動いたらダメなの?」


 藍斗は正座から立ち上がる途中の微妙な体制で動くのをやめてしまったので、プルプルと震えている。


「そ、そう言うわけじゃないけど」


 早く素直になって藍斗にプレゼントを渡さなければならないと分かっているのに、それを行動に移すことができない。


「なら今度こそ本当に行くからな」


 そういって藍斗は立ち上がり背を向けて扉の方へと歩いて行き背を向けて扉に手をかけた。


「ちょっとまって‼︎」


「こ、今度はなんだよ……」


「振り向かないで‼︎」


「--え⁉︎」


 藍斗は私に振り向くなと言われて扉の方を向いたまま固まった。


 面と向かって藍斗にプレゼントを渡すのはもう無理だ。まさか自分がここまでヘタレだとは思わなかったけど……。

 でも、この体勢なら緊張することなくプレゼントを渡すことができるかもしれない。


「後ろで手を組みなさい」


「え、なに俺今から手錠でもかけられんの? てか飯崎そんなもん持ってんの⁉︎」


「持ってるわけないでしょバカ‼︎ 早く手を後ろにしなさい‼︎」


 藍斗は急いだ様子で後ろに手を持ってきた。


 私は体の後ろで組まれた手を優しく開いて、プレゼントが入った紙袋を手に持たせた。


「え、何これ。袋?」


「べ、別に、なんでもないわよ」


「え、待って怖いんだけど爆弾とかじゃねぇよな?」


「だとしたら私も一緒に吹っ飛ぶから大丈夫よ。ほら、もう部屋に戻りなさい」


「いや大丈夫じゃねぇだろってか急に冷たくない⁉︎ さっきまで部屋に帰ろうとしたらあんなに引き止められたのに⁉︎」


「いつもこんなもんでしょ‼︎ ほら早く行きなさい‼︎」


 そう言って私は背中を押して藍斗を部屋から追い出した。


 そして大きく深呼吸をする。


「……はぁ。これは目的達成って言えるのかしらね」 


 プレゼントの渡し方はあまりにも不恰好で、とてもじゃないが目的を達成したとは言い難い。

 経過はどうあれプレゼントを渡したという結果を得られたのは私にとって最高の結果になったのではないだろうか。


 ここまで気を張っていた私はぺたんと膝から地面に座り込んだ

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