第54話 見て見ぬ振りができない性格

 私はトイレの前に置かれた椅子に座って携帯をいじりながら用を足しに行った藍斗を待っていた。


 ここまでは問題なく順調に進んでいるはず。

 まだ映画を見ただけだが藍斗の好きな映画を見ることで藍斗は満足してくれているはずだ。

 ま、まぁ普段絶対に見ることのないジャンルの映画がやたらに面白過ぎて、私の方が藍斗よりも楽しんでしまっていたのは反省点ね。


 それにしてもこんな風に藍斗の為に何かを考えながら行動する日がまたやってくるなんてね……。

 ママが死んでからこれまで藍斗には冷たい態度を取ってきたというのに。

 

 そんなことを考えながら携帯のインカメを使って身だしなみを整えていると、女子トイレからトコトコと出てきたお婆さんが何やら独り言を口走っていた。


「急がないと……。間に合わなくなる……」


 杖をつきゆっくりと歩く姿を見てそのお婆さんが足腰を悪かしているのは容易に察することができた。

 ゆっくりと歩いてはいるが、何やら急いでいるように見えた。


 しかし、歩く速度は健康的な人が歩く速度の3分の1程度。

 なんの用事があって急いでいるのかは知らないが、このままのスピードで歩いていてはおそらくその用事には間に合わなくなるだろう。


 藍斗とのデート中に厄介ごとを抱えるのは本意ではないけど気になってしまった私はその老婆に声をかけた。


「あ、あの……。どうかされましたか?」


 私が声をかけるとおばあさんはゆっくりと歩きながら話し始めた。


「爺さんが危篤状態らしくてね。急いで病院に向かわねばならんのよ」


「危篤状態⁉︎」


 私はお婆さんの言葉に思わず大声を上げてしまった。

 危篤状態ということは、急いで病院に向かわなければもしかしたらお爺さんと話せる最後の時間を一緒にいることができなくなってしまうかもしれない。


 その気持ちはママを失った経験がある私だからこそわかる痛みだ。 

 私はまだママの最後に一緒にいることができたので悔いは少ないが、このまま間に合わないなんてことになったらお婆さんは一生後悔を背負いながら生きていくことになるだろう。


 このお婆さんの歩くスピードでは病院に間に合わない可能性が高い。


 それなら私がおんぶしてでも……。


 いや、でもまだ藍斗がトイレから出てきていないので、このまま病院に向かったら藍斗が困惑してしまう。


 ……いや、でもそんなことを悩んでいる時間はない。


 そうしている時間にもお爺さんの最後に間に合わなくなる可能性もある。


「ここから病院まで何分くらいかかりますか?」


「タクシーに乗れば20分くらいかねぇ」


 20分か……。という事は往復40分。


 しかも、お婆さんをおんぶしながらタクシー乗り場まで行ったり、タクシーを降りてからもおんぶをしなければならないと考えると私がこの場に帰ってくるには間違いなく1時間以上かかってしまうだろう。


 でも藍斗を待っているこの1分1秒の間に、もしかするとお爺さんは……。そうなったらお婆さんはお爺さんと最後に話すことも叶わない。


  ……そんなこと、絶対にさせない。


「お婆さん。乗ってください」


 私は決意した。藍斗には後で連絡を取れば大丈夫。


 そしてその場でしゃがんでお婆さんをおんぶする体制に入った。


「で、でもそんな……。アンタにも予定があるんじゃろう?」


「そんな予定なんてどうでもいいんです‼︎ さぁ、早く‼︎」


 こうして私はお婆さんをおんぶしてタクシー乗り場へと向かった。

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