第53話 最悪を想定しながら行動しよう
小便を済ませた俺は入念に手を洗ってからトイレを出た。
もしかしたら飯崎と手を繋ぐかもしれないので、汚い手のままってわけにはいかない。まあそんなことはあり得ないけどな。
いや、あり得ないとは言いながらもそう思うってことは俺は飯崎と手が繋ぎたいのか……?
そんなわけないだろ‼︎ 俺は飯崎が嫌いなんだから‼︎
首を横にブンブン振りながら、普段は必ず持ち歩いているハンカチを持ってくるのを忘れた俺は服で手を拭く。
服によっては水に濡れた部分が目立つような素材で作られている物もあるが、濡れた部分があまり目立たない素材で作られた服を着ていたのは不幸中の幸いかもしれない。
濡れ方によっては最悪小便が飛び散ったのではないかと疑われる可能性すらあるからな。
手を拭き終えた俺は飯崎が待っているはずのトイレ前に戻ってきた。
そしてその場で辺りを見渡すが、なぜか飯崎の姿が見当たらない。
俺は目を凝らしながら首をフルに使って周囲を確認してみたが、飯坂の姿は俺の目には写らなかった。
なぜだ? なぜ飯崎がいない?
考えられるのは飯崎もトイレに行きたくなってしまい女子トイレの中へと入っていったか、俺が小便をしている間に何かを買いに行ったということだが、俺に何も言わずに買い物に行くとは考えづらい。
となると飯崎は俺が入った後でトイレに入っていったということで間違いないだろう。
そう考えた俺はトイレの前でしばらく待つことにして携帯を弄り始めるが、5分、10分、15分と時間が経過しても飯崎がトイレから出てくる様子はない。
女子は男子よりトイレが長い傾向にはあるが、流石に長くかかりすぎている。
少し心配になって飯崎に連絡を取ろうとするが、仮にトイレをしている最中に電話などしたら最悪だ。後で何を言われるか分かったもんじゃない。
連絡も取れないし、とりあえずラインだけ送っておこうと思い、俺は「大丈夫か?」とラインを送ってみた。
ラインを送ってから既読もつかないままさらに5分が経過し、一向に連絡が来る様子はない。
返信を待ちながら辺りを見渡し飯崎を探し続けたが、飯崎は一向に現れない。
トイレの中にいるわけじゃないのか?
そう思った俺はもう一度目を凝らして周囲を見渡してみる。
すると、トイレ前に置かれている椅子の下に携帯が落ちていることに気がついた。
あれはまさか……?
気になった俺はソファに近づき、下を覗き込む。
「……マジか」
なぜかは分からないがトイレの前に置かれた椅子の下には飯崎の携帯が落とされていた。
誰か別人の、全く知らない人の携帯であってくれと思いながらソファーまで近づいたが、水色のケースに入った携帯は一眼見ればそれが飯崎のものだとすぐに分かった。
しっかり者の飯崎が何もないのに携帯を落とすとは考えずらいし、俺を待たずしてどこかへ行ってしまったりトイレに入ったりするようなことはしないと思う。
となると、飯崎は何かしらのトラブルに巻き込まれている可能性が高い。
一刻も早く飯崎と連絡を取りたいが、飯崎の携帯が俺の手元にあるので連絡も取れないし、連絡が取れないなら勝手に行動するのは最善策とはいえない。
俺が今1歩でもこの場から離れてしまったら飯崎は俺の場所が分からなくなってしまう。
飯崎がどこにいってしまったのか、手がかりが何もない……。
俺はどうすることもできず、映画館のトイレの前に立ちながら飯崎を待っているしかなかった。
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