第52話 人を思いやる心が大事

 映画館に到着した俺たちは顔を上にあげ、売店の上方に設置された画面で映画のスケジュールを見ながらどの映画を見るか考えていた。


 個人的には昨日から始まったアクション映画の最新作が見たいのだが、そんな映画を飯崎が好きなわけないし最終的には甘々でベタベタな恋愛映画とかになるだろう。


 恋愛映画なんて一度も見たことがないし正直興味も全くない。

 

 しかし、恋愛映画を見ることで飯崎が喜ぶのであれば、俺は我慢して恋愛映画を見ることにしよう。


「この映画にしましょうか。時間も丁度いいし」


 そう言って飯崎が指を差したのは俺が見たいと思っていたアクション映画だった。


「……え? これ?」


「これだけど」


 何か問題でも? と言った顔をしながら飯崎は俺の方を見る。

 

 俺からしてみれば何も問題はない。自分が好きな映画を見ることに問題なんてあるはずもない。


 問題はないんだが……。


「いや、飯崎ってこんなタイプの映画好きだっけ?」


 俺は飯崎がアクション映画を好きなんて話は聞いたことがない。

 まさか俺に気を遣って……?


「……好き」


「いやそれ絶対好きじゃないときの反応だから」


「べ、別にいいでしょ‼︎ 今日はそんな気分なの」


 そんな気分とは言っているが、いつもドラマや恋愛系のアニメは欠かさずチェックしているので飯崎は絶対に恋愛映画を観たいはずだ。 

 アクション映画を見れるのであれば俺は嬉しいが、横で飯崎が我慢をして好きでもない映画を見ていると考えると映画の面白さは半減してしまう。


 どちらかが我慢をするのであれば俺が我慢をした方がいいに決まってる。


 ……あれ、もしかしてこれ、今日が俺の誕生日だから俺が楽しめるようアクション映画を見ようとしてくれているのか?


 ま、まさかそんなわけは……。


「本当に無理しなくていいんだぞ? 俺は恋愛映画とかあんまり見ないけど、見たら楽しめるタイプだから」


「いいの。今日はこの映画にする」


「……わかった」


 飯崎は明らかに俺のを気遣っている。まぁそれならそれで気付かないフリをしてその気遣いを受け入れてしまった方が飯崎もやりやすいだろう。


 飯崎の俺に対する態度の変化に戸惑いながらも、俺たちは映画館の中へと入っていった。




 ◇◆




 映画を見た俺は興奮気味で映画館から出てきた。


 俺たちが見た映画は主人公が命がけでヒロインを守るという男なら誰しもが胸を熱くするような展開で、俺はとても満足できる内容の映画だった。


しかし、飯崎はこの映画を楽しめていないのではないだろうか。


「意外と面白かったわね‼︎ 私こういう類の映画がこんなに面白いの思ってなかったわ。特に最後の……」


 飯崎は俺の心配をよそに、目をキラキラと輝かせながら映画の感想について語り始めた。

 飯崎がアクション映画を好きなことは意外で驚きもあるが、新しい一面を見れたことは嬉しくもあった。


「あ、ごめん。思わず話に熱が入っちゃって……」


「いや、あんだけおもろけりゃそりゃ熱も入る」


「そ、そうよね‼︎ これはもう面白すぎる映画のせいにしておくわ」


 飯崎は興奮しているのを映画のせいにして、開き直ってふんぞり返っている。


 何がそこまで飯崎のツボを刺激したのかはわからないが、楽しそうにしているので深くは考えないでおこう。


「ちょっと俺トイレ行ってくるから、そこで待っててくれるか?」


 尿意をもよおした俺は飯崎に声をかけてからお手洗いへと向かった。


 そして俺はトイレで用を足しながら、改めてこの状況の異常さに喜びを覚えるのだった。

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