第51話 知らない目的地

 俺はやたらに可愛い飯崎と一緒に家を出て、目的地も知らないまま電車に揺られていた。


 家を出るときにどこに行くのか飯崎に訊いてみたが、飯崎は何も知らない方がドキドキがあって面白いからと目的地を教えてくれなかった。


 家を出たときは目的地を気にしていた俺だが、今は目的地なんてどうでもよくなってしまっている。

 というのも、俺が飯崎と一緒に電車に乗っているというだけでもありえないというのに、電車の中には人が多く押し潰された俺たちの距離は0センチ。


 すでに俺と飯崎の体は触れ合っていた。


 ダメだわこの距離は。悩殺されるわこれは。


 俺はできるだけ飯崎の体に触れないよう体を反らしている。

 微妙にキツい体勢ではあるが、飯崎の体にずっと触れているよりも精神的には楽だ。


 体を反らしながら飯崎を見ていると、俺はあることに気がついた。


 飯崎の体は俺以外の乗客とも触れ合っていたのだ。

 そりゃ電車内が混雑すればそんな状況にもなるか……。


 俺はさりげなく飯崎を壁際に追いやり、俺だけが飯崎の体に触れるような配置に移動した。


「どうしたのよ。急に立つ場所変えて」


「いや、ちょっと暑かったからクーラーの下に行きたくて」


 飯崎は俺の嘘を信じ込んでくれたようで、「そう」とだけ言って窓の外を見ていた。


 体の距離が近いこともそうだが、そもそも俺と飯崎が同じタイミングで家を出るというのがありえない事態だ。

 今までは学校に行くときも外出をするときも、必ず飯崎は俺に私と家を出るタイミングが被らないようにしなさいと口うるさく言ってきていた。


 それなのに、今日に限っては「ほら、行くわよ」なんていつもと違うことを言うもんだから思わず小便ちびりそうになったわ。いや大便だったかもしれん。


 飯崎と同じタイミングで家を出るだけでなく、そのまま飯崎の横を歩いて駅まで向かったり、一緒に切符を買ったり、こうして同じ電車に乗って横に立ったり。


 今日は明らかに異常だ。飯崎が明らかに俺のことを嫌いな素振りを見せてきていない。


 まさか本当に仲直りしようと……?


 いや、油断すんなよ俺。油断してたら足元すくわれるからな。油断大敵。


 そんないつもと違う状況に疑問を感じながら電車に揺られ、目的の駅に到着した。


「ほら、降りるわよ」


「もう着いたのか。それで目的ってのは?」


「あれよ」


 飯崎が指さしたのは高めのビル。ビルで高校生の男女が一体何をしに行くんだ?


「え、なに、インターンシップでもすんの?」


「仕事じゃないわよ。あのビルの中に映画館が入ってるの」


 映画館か。確かに俺と飯崎がこうして出かけるには映画館というのは非常にいい選択かもしれない。


 仲睦まじいカップルからしてみれば映画館など愚策でしかないだろう。2人で会話をできないし、イチャイチャと抱きつくこともできない。


「何よ、変な顔して」


「べ、別に何も⁉︎」


 飯崎と映画館で……なんてことは絶対に考えていない。そんな妄想を今夜のおかずに……なんて絶対に考えていない。俺は潔白だ‼︎


「歩きながらそんな変な顔してたら転ぶわよ。気をつけなさいよね」


「……すまん」


 また気持ち悪いだの臭いだのと言われて罵声を浴びるのかと思っていたが、飯崎は俺に罵声を浴びせるどころか俺を気遣うような発言をして見せた。

 え、今のはデレですか? デレですよね? デレなんですよね⁉︎


 とりあえず映画館に向かうまでの間、俺は変な顔をしないように気をつけながら道を歩いた。

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