第5章 体育祭

第40話 心配と性欲って紙一重

「はぁい。それじゃあ出たい競技のところで手を上げてくだふぁ〜い」


 教壇の上にたって司会を進めているのはいつも眠り散らかしている金尾だ。

 今日は体育祭で誰がどの競技に出るかを決めることになっており、体育祭実行委員の金尾が教壇に立ち司会進行を行なっている。

 

 みんなの前で司会進行してる状況でも眠そうなのは信じられねぇけど。


 勿論金尾から体育祭実行委員に立候補した--なんてことはあるはずもなく、金尾が爆睡かましている間に立候補する人が誰もいなかったのであみだくをしたところ、金尾が体育祭実行委員に選ばれたってわけだ。


 まあ金尾にはあみだくじに金尾の名前を書いたのが俺だって事実は絶対に言えないけどな。別に俺の責任ではないと思うが……。

 後ろの席だからって理由で俺に金尾の名前を書くのを押し付けてきた飯崎が悪い。


 体育祭では全員参加のクラス対抗リレーやダンスの他に、玉入れや綱引きなどの個人競技に必ず2競技まで参加しなければならないと決められている。


 全員参加の競技に参加するだけでも面倒くさいというのに、個人競技に2競技も参加しなければならないという地獄のルールに不満が無いわけではないが、その中でも逃げ道があるだけマシなのではないかと思う。


 俺が狙っている個人競技はパン食い競争と玉入れだ。


 パン食い競争はとりあえずパンが食えるので参加は必須。パンは大事だぞパンは。

 それに加えてパン食い競争はレースというよりはエンターテイメント性が高く、点数配分は低くて最悪最下位になってしまったとしてもクラスメイトから凶弾されることはない。


 そしてもう一つ、玉入れは大勢の中で適当にボールを投げていれば別段力を抜いていてもバレることはないので参加は必須。投げるフリをしているだけでもやり過ごせるのではないかと思うレベルだ。


「アンタはなんの競技出るつもりなの?」


 俺がいかにして楽をするかを考えていると、隣の席の飯崎が俺に話しかけてきた。


 普通に考えれば隣の席のクラスメイトが俺に話しかけるだけの行為は何も特別なことではないが、それが俺と飯崎の話となれば特別なことになる。


 喧嘩ではなく普通の内容で飯崎が俺に話しかけるなんてこれまではまずあり得なかった。

 それなのに、こうして俺に話しかけてくるのは先日の温泉旅行のおかげなのだろうか。


「俺はパン食い競争と玉入れかな」


「手抜きが好きなアンタにぴったりの競技ね」


「べ、別にいいだろ。そういう飯崎はなんの競技出るつもりなんだよ」


「私は女子対抗リレーと二人三脚。どっちもくるみに出ようって誘われたから」


 くるみは足が早いと聞いたことがある。なのでどちらも足の速さを競う競技に出たがるのは自然な事だ。飯崎も一般的な女子よりは足が早いのでくるみと同じ競技に出るには丁度いいだろう。


 それにしても二人三脚か……。それはちょっと……あれだな……。


「二人三脚って男女ペアでもいいの?」


「別に構わないみたいだけど……ってアンタなんか変なこと考えてるんじゃないでしょうね」


「バ、バカっ。変なことなんて考えてねぇよ」


 あらぬ疑いをかけられた俺は必死に勘違いを否定する。


 別に飯崎と肩を組みたいとか、近づきたいとかそんなことを考えているわけではない。

 仮にくるみがその日休んだり、怪我をしてしまったら飯崎は他の男子と一緒に二人三脚をする可能性もあるのではないか? と考えていたのだ。

 お、俺は仮にも飯崎の兄妹だからな。飯崎に変な男が寄り付かないかどうか心配なだけだ。


 別にこれは嫉妬などという独占欲に塗れた感情ではなく、一般的な感情だ。


 しかし、飯崎が他の男と肩を組んだところを想像すると嫌悪感が込み上げてくる。


「アンタがどう思おうと勝手だけど、その気持ち悪い視線を他の女子に負けるのはやめてよね」


「だから変な視線なんて向けてねぇって」


 俺は変な視線など向けておらず、むしろ心配していたのだから褒められてもいいくらいなのだが飯崎は俺の方にキッと強い視線を向けている。


 まあ前向きに考えれば私以外の女の子なんて放っておいて私だけを見てよね、ってことだろ?(違う)


「あ、もしかしてアンタ、私と他の男の子が肩組むのが嫌なの?」


「べっ、別に‼︎ そんなわけないだろ⁉︎」


「ふぅ〜ん。へぇ〜……」


  飯崎は俺の思惑に気づき、ニタニタとしたり顔で俺を見つめてくる。

 飯崎に言われたことが完全に図星なので平常心を保つことはできず、俺は黙り込んでしまった。


「まあもう変なことは考えないようにしなさいよ」


「だから考えてねぇって⁉︎」


 そんな会話をしながら、俺は思う。


 少し前の俺たちなら仲が悪くて普通に会話をすることができなかった。

 それなのに今はこんなにも飯崎と自然に会話をすることができる。


 これは大きな進歩だ。進歩というよりは元に戻ってきているだけなのかもしれないが、それでも俺は小さな進歩に大きな喜びを感じていた。

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