第39話 もうしちゃってるんですけどね。2回目

 翌朝、私は藍斗と同じタイミングで目が覚めた。


 これまで藍斗の前では朝に強い振る舞いを見せてきたが、実は朝にはめっぽう弱い。

 寝起きでボーッとしている私は別に朝が弱いところを見られても構わないと思ってしまい、上半身だけ起き上がらせて目を閉じたままボーッとしていた。


 しかし、しばらくしてから昨日の出来事を思い出した私は一瞬で目が覚めてしまう。

 少し距離を空けて私と同じ部屋で寝ていた藍斗だが、私は藍斗の顔を直視することができない。


「おはよ」


「うー、んん……。ふわぁ〜。おはよ……」


 私の様子がおかしいことに気がつかれないよう私は寝ぼけているフリをする。


 フリとは言ってもまだ眠気が完全に覚めたわけではないのも事実である。

 私が寝不足となってしまったのは昨日の夜の出来事が原因だ。


 それは思い出すだけで顔が熱くなり、そのまま火がついて灰になってしまいそうな出来事だった。




◇◆




 私は昨夜、間違いなく藍斗より早く眠りについた。長風呂をしてのぼせてしまったり、藍斗と一緒にいる時間が長くて気を遣ってしまったことで体が疲弊していたのだろう。


 しかし、誰かが部屋の中で動く気配で目を覚まして徐々に目を開いてみると、私の隣に藍斗が座っていた。


 ……え、何この状況わけわからないんだけど⁉︎


 私襲われるの⁉︎ 藍斗に襲われちゃうの⁉︎


 いや、でも藍斗になら別に襲われても……って馬鹿‼︎ 何言ってんの私‼︎


 そもそも藍斗は私のことが嫌いなはず。夜這いなんて行為は多少なりとも好意を持っている異性に対して行う行為のはずだ。それなら私が夜這いされるはずはない。


 そんなことを考えていると、小さな声で、藍斗が私に話しかけてきた。


「(なぁ。俺の方から歩み寄れば飯崎は……莉愛は昔みたいに仲良くしてくれるか?)」


 ……え?


 今のは私の聞き間違いだろうか。藍斗が私に歩み寄る? そんなの嫌いな相手に対して出来るわけがない。

 ……というか今私のこと莉愛って呼んだ⁉︎ なんで今更私のことを名前で呼んだの⁉︎


 考えることが多過ぎて頭が爆発しそうになっていた私だったが、爆発前に私の思考回路は完全に停止した。


 私の唇に何かが触れる感触があったのだ。


 今の感触って……。あれよね、あれしか考えられないわよね。


 ……。


 --⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎


 今、私、藍斗にキスされた⁉︎


 なんでどうしてわけがわからない。藍斗は私のことが嫌いなはずでしょ? それなのにどうして……。


 ま、まさかこれ以上変なことさせるって事はないわよね⁉︎ どうするべき⁉︎  どうするべきなの⁉︎ 逃げるべきよね⁉︎ 逃げるべきよね⁉︎


 ああもうどうしたらいいの私……。


 しかし、私の予想は大外れで藍斗はそのまま布団に入ってしまった。

 そしてしばらくすると藍斗の息のリズムが変わり、入眠したことを察する。


 それから私は藍斗の方を見た。


 なんでよ。何で私なんかにキスするのよ。アンタのこと毎日雑に扱ってたじゃない。冷たくあたってたじゃない。


 それなのに何で……。


 藍斗の真意が全く分からず私は涙を流した。


 そして眠っている藍斗に近づき、藍斗の表情を見る。


 藍斗は私のことが嫌いじゃないの? 藍斗は私をどう思っているの?

 答えの見当たらない解答を探していても、私の唇に残ったあの感触は消え去ってはくれない。


 そして私は藍斗の唇に自分の唇を近づけていく。


 私はもう一度、藍斗にキスをした。これが2回目だ。


 何が何だか分からないけど、もう後戻りはできなかった。


 そして布団に入った私は再び眠りにつこうとするが、どれだけ眠ろうとしても先程の出来事が頭をよぎり、全く眠れなかった事は言うまでもない。




 ◇◆




 結局私が眠りにつけたのは若干あたりが明るくなってから。


 1度目を覚ましたものの、全く眠気は取れていない。


「おい、起きろよ。昨日は朝早く起きて温泉入りに行くって張り切ってたじゃないか」


「そうなんだけど……。眠気が取れなくてね。旅行疲れかしら」


 旅行疲れ、なんてごもっともな嘘をついているが私が寝不足になった理由は明白である。


 あんたが変な事するからよ‼︎ バカ‼︎


「そうか。それなら俺は先に風呂入りに行ってるから。まぁ飯崎も早く起きて風呂入ってこいよ。ほんじゃ」


 こうして藍斗はは風呂の用意を持って露天風呂へと向かい、私もその後を追うようにして露天風呂へと向かった。




 ◇◆




「はぁ〜〜〜〜。やっぱ温泉って最高だなぁ」


 私が露天風呂に入っていると、そんな声が男子風呂の方から聞こえてきた。


 女子風呂にお客さんが全くいないのが不幸中の幸いね。私には独り言を書かれてしまっているけれど、他の見知らぬ人に聞かれるよりは恥ずかしくないだろう。


 横に女子風呂があると知ってか知らずか、藍斗の声は明確にハッキリと聞こえたので、私はまた何かを喋り出すのではないかと男子風呂の方による。


「はぁ……。もう一回してぇなぁ」


 --ブハッ‼︎


 私は思わず息を激しく吐き、風呂の中は沈んでしまった。


 もう一回したいってあれよね、キスのことよね、絶対そうだわ。キスのことしか考えられない。


 思わず独り言でそんなことを言ってしまうほどに、私とのキスは良かったのだろうか……。

 キスの良いも悪いもの私は知らないけれど、あの柔らかい感触と優しい触れ方が、心地よかったのは間違いではない。


 急激に顔が暑くなっていくのがわかるが、これは温泉に入っていることが原因ではなく、間違いなく藍斗の発言が原因だろう。


 それに、藍斗がいうもう一回とは、昨日から数えて2回目のキスという事になる。


 その2回目を、実はもう終えているなんて事は口が裂けても言う事はできない。




 ◇◆




 お風呂を出ると、藍斗も全く同じタイミングで風呂から出てきて鉢合わせの状態になった。


「……おい。また顔真っ赤だぞ。昨日のぼせておいてそんなに真っ赤になるまで風呂に浸かるやつがあるか」


 どの口が言ってるのかしら。本当天然なのかしらねこいつ。


「……フンッ。大丈夫よ。それにあんたのせいでしょうが」


「……?」


 藍斗は私が何を言っているのか分からないと言った様子で疑問符を浮かべていた。


 こうして私たちの旅行は幕を閉じたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る