第38話 開放感って人の本音を吐き出すよね
翌朝、俺が目を覚ますのと同じタイミングで飯崎も目を覚ました。
まだ視界は霞んでいるが、飯崎の寝起きの表情だけは俺の目にしっかりと刻み込まれた。
というのも、俺は飯崎の寝起きをあまり目にしたことがない。
同じ家に住んでいるとなれば必然的に毎朝、毎晩顔を合わせることになるが、基本寝起きや風呂上がりなどの無防備な姿を俺に見せてくれることはない。
朝は俺の方が起きてくるのが遅いので俺が起きてくる頃には飯崎は完璧に身支度を終えた状態だし、風呂上がりに飯崎がリビングに入ってくることはまずあり得ない。
なので、飯崎の寝起きの表情はこれまで同じ家に住んでいても見たことがないわけで、その表情が気になってしまうのは無理もないのである。
「おはよ」
「うー、んん……。ふわぁ〜。おはよ……」
……何だこの可愛い生物は。俺の知ってる飯崎じゃないぞこれ。
ってか飯崎って朝には強くなかったか?
俺と全く同じタイミングで目を覚ましているというのに未だに目を擦ることもせず、上半身だけ起こしておはようと言いながら瞼を閉じている飯崎が朝に強いようには見えなかった。
俺の方が起きてくるのが遅いから飯崎が朝に強い様に見えたていただけで、実は寝起きはあまりよくない方なのか。
「おい、起きろよ。昨日は朝早く起きて温泉入りに行くって張り切ってたじゃないか」
「そうなんだけど……。眠気が取れなくてね。旅行疲れかしら」
「そうか。それなら俺は先に風呂入りに行ってるから。飯崎も早く起きて風呂入ってこいよ。ほんじゃ」
そう言ってやけに眠たそうな飯崎を部屋に残して俺は風呂の用意を持って大浴場へと向かった。
◇◆
「はぁ〜〜〜〜。やっぱ温泉って最高だなぁ」
俺は広々とした大浴場に浸かりながら思わず独り言を言ってしまう。
大浴場にある露天風呂はここら辺では最大級の露天風呂だとパンフレットには書かれていたが、そう自負しているだけあって露天風呂は数人で使用するには勿体ないサイズだ。
朝早いせいか大浴場に来ている人は少なく、広々とした露天風呂はほぼ貸切状態で開放感は抜群。
温泉に入っていると心が落ち着いてきて色々なことを考えてしまうが、やはり俺の頭に思い浮かぶのは昨日の出来事。
眠っていて無防備な状態の飯崎に了承を得ることもなく無理やりキスしたなどということが飯崎に知られてしまったら絶対怒られる。てか怒られるだけじゃ済まなさそうだ。顔の原形がなくなるまで平手打ちされそうだわ。
そうなったとしても、あれは俺の気持ちを確認するために必要なことだった。
とはいえ、俺の気持ちを確かめるには必要な行動だったかもしれないがされた方からしてみれば全くもって不必要なことだろう。
流石に無防備な状態の女の子にキスをするのは非人道的過ぎただろうか……。
「はぁ……。もう一回してぇなぁ」
自分の行動を反省しながらも昨日の余韻が抜け切っていない俺は思わず欲望に塗れた発言をしてしまう。
俺が独り言を言うと、どこからともなく、バシャッ‼︎ という音が聞こえた気がしたが、どこかで鳥でも飛び立ったのだろうか。
露天風呂を満喫した俺は風呂を出た。
◇◆
俺が風呂を出ると飯崎も全く同じタイミングで大浴場から出てきて鉢合わせの状態になった。
ずっと風呂に入っていたのか飯崎の表情はまたのぼせたと思われても仕方がないほど真っ赤になっていた。
「……おい。また顔真っ赤だぞ。昨日のぼせておいてそんなに真っ赤になるまで風呂に浸かるやつがあるか」
「……フンッ。大丈夫よ。それにアンタのせいでしょうが」
「……?」
飯崎が何を言っているのかは分からないが、まぁのぼせなかったのなら問題はない。
顔を真っ赤にさせた飯崎と一緒に俺は部屋へと戻った。
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