第37話 眠りについて無防備になってるほうが悪い
飯崎から寝ましょうと言われた俺は布団に入って目を閉じるが、中々眠りにつく事ができないでいた。
普段は寝付きが悪い方ではないので、普段とは違う旅館の部屋という環境の変化に適応できていないのだろうか。
数分前に飯崎の呼吸のペースが変わり入眠したことは確認している。
何故かは知らないが、今日の飯崎はやたらと俺に素を見せてくれていた。
例えるなら足元に擦り寄ってくる子犬のような感じだったと思う。
そして俺は今、そんな飯崎の無防備な姿を目にしている。
布団をかぶり、スースーと心地よさそうに寝息をたてる飯崎は本当に子犬の様に見えた。
飯崎は天涯孤独。身寄りがない。
そんな状況では早く大人にならなければならないと毅然とした態度でいることが多いのだろうが、そのどれもが俺にはやせ我慢に見えた。
まだまだ誰かに甘えたい年齢だというのに、心の底から誰かに甘えることができず常に張り詰めた状態になってしまっているのは飯崎を見ていれば容易に分かる。
飯崎はまだひ弱な子犬。誰かが面倒を見てやらなければならないし導いてやらなければならない。
しかし、本当ならそれをするべき人はもうこの世には……。
本音を言えば俺が飯崎のそばにいて色々と支えてやれればと思っているが、今の俺たちの関係ではそれはできない。
昔のように仲が良ければもっと深い話をして飯崎のことを知って、そばにいてやることもできるのだろうが……。
まあこんなことを考えているのも俺のエゴなのかもしれない。飯崎は俺のことが嫌いなのだから、変に同情されて絡まれるのを嫌がるだろう。
やはり俺が飯崎にしてやれることは少ない。そう思うと自分の無力さに嫌気がさした。
飯崎は羽実子さんがいなくなってからこれまで一日でも羽実子さんを忘れたことはないはずだ。
友人の前で振り撒いている笑顔や学校での飯崎の表情は全て嘘で、そんな表情の裏には暗闇が広がっている。
そんな飯崎ばかりを見ているから、こうしてスヤスヤと眠っている表情を見ると思わず安心してしまう。
飯崎が寝ている布団と俺が寝ている布団は距離が離れている(離されている)。説明する必要もないだろうが距離が離れているのは飯崎が俺に襲われないようにと考えた配置なのだが、俺は飯崎に吸い込まれる様にして布団を出て飯崎の寝顔をじっと見つめる。
眠っている飯崎は穏やかな表情をしており、そんな表情を見ると昔の様に俺たちは仲がいいままなのではないかと錯覚してしまう。
俺は自然と飯崎の頬を人差し指で優しく突いていた。
「(なぁ。俺の方から歩み寄れば飯崎は……莉愛は昔みたいに仲良くしてくれるか)」
俺は眠っている飯崎が起きないくらいの大きさで弱気とも取れる言葉を投げかけていた。
眠っているのだから返事などあるはずもなく、露天風呂から水の滴る音だけが聞こえてくる。
こうして俺が眠っている飯崎に近づいて言葉をかけるという行動もそうだが、俺は今回の旅行での飯崎の反応を見て自分がどのようなスタンスで飯崎と関わるべきなのかが分からなくなっていた。
俺を酷い言葉で罵った飯崎を嫌いでいるべきなのか?
それとも、そんなことは忘れて歩み寄るべきなのか?
その答えは自分で出せそうにもないが、誰かに問うわけにもいかない。
普通に考えれば一人ぼっちで気を張り詰めて頑張っている飯崎に歩み寄るという行動を取るのが最善策なのだろうが、俺を見捨てる言葉を放った瞬間のことを思い出すと最善策を取ることを俺の体が許さなかった。
ただ、今回の旅行で分かったことがある。
俺は飯崎のことが嫌いだ。
しかし、飯崎のことが好きでもある。
自分でも何を言っているのか全くわからないが、俺の気持ちを要約するとそんな曖昧な感情になる。
そんな曖昧な感情でいつまでも飯崎と関わるわけにはいかない。俺は自分の気持ちを確かめる必要がある。
飯崎には悪いが、今この状況で俺が飯崎のことを好きか嫌いか見極めるためには、こうするしかない。許してくれ。
そして俺は飯崎の唇に優しくキスをした。
その後で自分の手を唇に当て、飯崎の唇の感覚を確かめる。
ああ。俺はやっぱり飯崎が好きだ。
そしてやはり、飯崎のことが嫌いでもある。
俺がキスをして飯崎のことが好きだと確信した瞬間、飯崎が俺を見捨てた場面がフラッシュバックしてきた。
好きでもあり嫌いでもある。
こんな感情があっても良いのではないだろうか。
自分の気持ちを再確認できた俺は満足し、布団に潜って眠りについた。
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