第36話 川の字じゃなくてリの字だね

 飯崎の裸を見たことについて、激しく罵られるかと思っていた俺は飯崎の素直さに驚かされた。


 正直この旅行中の飯崎は何かがおかしい。


 これまで散々冷たく当たってきていたくせに、この旅行中は冷たい飯崎が姿を表すことがない。


 それは俺にとってプラスであるはずなのだが、一度酷いことを言われて突き放されているだけに俺に擦り寄ってきている飯崎に対してどのような反応をするのが正解なのか分からないでいた。


 そんな事を悩みながら、俺は布団に入り電気を消して眠る事にした。


 電気を消してからも目が冴えてしまって眠ることができない。

 冴えるのは目だけではない。飯崎の裸を見ておいてあの部分が元気にならないはずもなく、今すぐ解放してやりたい気持ちはあったのだが横に飯崎がいるからにはそんなことをするわけにも行かない。ま、まぁ飯崎でそんなことしたことナイケドネ⁉︎


「もう寝た?」


 飯崎のことを考えていたときに、もう眠っていると思っていた飯崎から喋りかけられて俺は体をビクッと強張らせた。


「……まだ起きてるけど」


「そう」


 ……え、それだけ? その続きはなにもないの?


 てかもう寝るって言ってるのにまだ俺に話しかけてくるなんて今日は本当に飯崎の様子がおかしい。


 そう思っていると飯崎は俺に質問をしてきた。  


「あんた、金尾さんと付き合ったりしないの?」


「な、何だよ急に」


「だ、だって気になるでしょ!? 金尾さんみたいな可愛い子に告白されたんだから付き合うんじゃないかって」


 飯崎の言うとおり金尾の顔は整っているし正直可愛い。ただ彼女がほしいだけの男子なら即オッケーかもしれないが、俺は顔だけで女子を選ぶほど浅はかな男子ではない。


「そりゃ可愛いけどな、だからって即付き合うなんてことはねぇよ」


「……へぇ。やっぱ可愛いって思ってるんだ」


「な、なんだよ」


「別にぃ。なんでもないけど」


 飯崎は俺が金尾を可愛いと言うとあからさまに不機嫌そうになった。何故俺が金尾を可愛いと言うだけで不機嫌になるんだよ。


「まだ金尾のこともよく知らんしな」


「じゃあもし金尾さんが凄く良い子だったら付き合うってこと?」


「仮に金尾と趣味も合って話も合って気も合ったとしても多分付き合わねぇな」


「なによそれ。訳わかんない」


「俺が−−っ」


『俺が好きなのは莉愛だけだから』


 俺は飯崎からの返答に対してこう返答しようとしていた。

 直前でその言葉を言うのをやめ、とりあえずはその言葉が飯崎に伝わらなくて良かったと安堵するが俺の頭は一気に混乱していった。


 俺は飯崎が嫌いなはずだろ?


 確かに飯崎をもう泣かせないと決めてはいるが、それはもう義務のようなものであって俺を酷い言葉で侮辱した飯崎のことは嫌いなはずだろ?


 だったらなんで、俺は今飯崎にそう返答しようとしたのだろう。しかも下の名前で呼ぶところだったんだが。


「なによ。なんて言おうとしたの?」


 飯崎からの問いかけに俺は口を噤ませる。


 なんて言おうとしたかと聞かれたところで俺があの続きに言おうとしていたことを俺は飯崎に言うつもりはない。というか言えるわけがない。


 仮に今、俺が言おうとした言葉を飯崎に伝えたとしたらどうなるのだろうか。

 この微妙な関係を終わらせて、飯崎と昔のように仲良くなることができるのだろうか。


「ちょっと。うんとかすんとか言いなさいよ」


「俺が女の子と付き合える性格してると思うかって言おうとしたんだよ。こんなひねくれたやつ、仮に金尾が好きだと言ってくれたとしても付き合って1週間が関の山だ」


 金尾みたいなやつが俺と付き合いのはもったいない。俺はずっと仲が良かった女の子に、ちょっと酷い言葉を言われただけで嫌いになってしまうような器の小さい男だ。


 小さいのは器だけじゃないけど。


「なにいってんのよ。金尾さんはきっとあんたの良い面も悪い面も好きなのよ」


「そんなわけないだろ。悪い面なんて嫌いに決まってるだろ」


「そんなことないわよ。あんたが異常に面倒見が良いところも、女の子に興味がなさそうなところも、考えが微妙に卑屈なところも、自分より誰かを優先しちゃうところも、全部含めて金尾さんはアンタのことが好きなんじゃない?」


 俺のいいところと悪いところを口にしながらフフッと微笑む飯崎の月夜に照らされた可愛らしい表情に夢中になってしまう。


 飯崎はきっと金尾の気持ちを考えて代弁したのだろうが、その話には妙にリアリティがありあたかも飯崎が俺のことをそう思っているように感じてしまう。


 俺は冗談交じりで飯崎にその気持ちを伝えてみた。

 飯崎が俺のことをそんなふうに思っているはずはないが、そう思っているのだとしたら俺からの問いかけに多少は動揺の色を見せるはずだ。


 まぁそれはありえないけどな。


「それは飯崎も俺のことをそう思ってるってことでいいのか?」


「そ、そんなわけないでしょ⁉︎ 変な勘違いしないでよね!?」


 −−え? 飯崎さん、その反応はなんですか?


 そんな反応されたら、俺だって勘違いしてしまうんですが……。


「すまん」


「べ、別にいいけど。それじゃあもうねましょう。いつもの家じゃないと眠れないとか言わないでよね。そんなんじゃまた明日隆行さんが運転してくれる車の中で眠るわよ」


「お前には言われたくねぇよ」


 こうして俺たちは電気を消して布団に潜った。

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