第34話 幼馴染以上恋人未満
脱衣所から露天風呂へとつながる扉を開ける音がする。ということは飯崎はもう浴衣を脱ぎ終えて、裸になっているのだろう。
って何変なこと考えてんだよ俺……。飯崎の裸なんて昔何回も見たじゃないか。そりゃ色々と成長してるところはあるでしょうけどね? 色々と。
そして露天風呂へとつながる扉が閉められる音がして、飯崎が露天風呂に入ったことを確認する。
「いいわよ」
一体何がいいのか、と思いながらも俺は部屋から脱衣所に繋がる扉を開けて脱衣所に入った。
大丈夫、脱衣所に入るだけなら露天風呂へと続く扉は閉まっているし飯崎の裸を見てしまうことはない。
脱衣所から露天風呂に入る扉は磨りガラスとなっており、見ようと思えば飯崎が露天風呂に入っているシルエットは見える。
シルエットとはいえ、飯崎の裸をマジマジと見つめることはしてはいけない。
微かな期待と大きな不安が渦巻く中で、俺は脱衣所に入って露天風呂の扉にもたれかかるようにして尻をついた。
物理的に風呂の方を向いていなければ飯崎の裸を見てしまうことはない。
「ふぅーーーーっ……。部屋に露天風呂があるってのも変な感じね」
変な感じなのは露天風呂じゃなくてこの状況だけどな。こんなの今までだったらあり得ないじゃないか。どういう風の吹き回しなのだろうか。
「普通の旅館なら部屋に露天風呂なんて無いからな」
「貸切って感じがしていいわね。温度はちょっと熱いけど気持ちいいわ」
「確かに熱かったな。熱すぎて俺も長風呂はできなかったし」
長風呂できなかったのは熱さというよりも、また飯崎が部屋に帰ってきたタイミングで俺の全裸を見ないようにするためだけどな。
「……私もね、アンタのことは家族だと思えなかったの」
「……え?」
「陽子さんと隆行さんは本当によくしてくれて、本当の両親みたいですごく暖かいんだけどね。アンタだけは本当の兄妹……、本当の家族って思うことはどうしてもできなかったのよ」
飯崎も俺と同じく、俺のことを家族だと思うことはできなかったようだ。
まぁ同じ家に好きでもない異性がいたら、幼馴染で慣れ親しんだ顔だとはいえ家族だとは思えんわな。
「私の中でもね、あんたは幼馴染でしかないの」
「俺もそうだからな。気持ちはわかる」
「幼馴染以上、恋人未満的な?」
「なに言ってんだおまえ。てか恋人未満なのかよ」
そういって冗談を言いながらフフッと微笑む飯崎からは、羽実子さんが亡くなってから俺に冷たく当たっていた飯崎の姿は見られない。
「そうよ。恋人未満。だって……」
「……だって?」
飯崎は何かを言いかけたところでその先を話そうとするのをやめた。
一度は飯崎が言おうとしていた内容を問いただしてみたのだが、返答は返ってこない。
飯崎があの続きになにを言おうとしていたかは知る余地もないが、何度も飯崎に訊くのも野暮だと思ったので俺は一度黙り込むことにした。
そうすれば飯崎の方から何か話してくれるかもしれない。
そう思ってから5分が経過し、10分が経過し、15分が経過しそして最後には30分が経過した。
飯崎が喋らない間、温泉の滴る心地の良い音が聞こえてきて眠気に襲われた俺は座って扉にもたれかかっていた状態から立ち上がった。
流石に何も言わなさすぎじゃないか?
まさかのぼせて倒れてたりしないよな?
「……飯崎?」
返答をくれない飯崎に対して俺は飯崎の名前を呼んでみるが返答はない。
最悪のぼせて風呂の中で倒れてるまで可能性としてはあるんじゃないか⁉︎
「おい飯崎⁉︎」
俺は咄嗟に扉を開けると案の定飯崎は風呂の中でのぼせており、顔を真っ赤にさせて風呂の中でぐったりと顔を上に向けて寄りかかっていた。
仮に飯崎が全裸のままならこの状態をどうにかすることはできなかったかもしれないが、飯崎は体にタオルを巻いておりなんとか直接飯崎の体を目の当たりにすることはできない。
俺は必死の力で露天風呂から飯崎を持ち上げた。
そして脱衣所に寝かしてタオルで風を送る。
タオルを全身に巻いているとはいえ、普段服を着ている状態で見る飯崎の体つきとは全く違って華奢な体つきをしている。
と、とりあえず飯崎の体に巻かれているタオルを外して服を着せなければ……。
俺は一度目を閉じて半開きになった目で飯崎のタオルを取り外し、上から浴衣をかけた。
そして飯崎の体をなんとか持ち上げて、引かれていた布団の上に乗せる。
それから俺は浴衣を上からかぶせた状態でうちわで飯崎を仰ぎ続けた。
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