第33話 家族よりも強い繋がり

 私は大浴場に1時間程滞在してから部屋へと戻ってきた。


 もう部屋の扉の前まで来ているというのに、鍵を開けて扉を開くという単純な作業が中々できないでいる。

 先程の事件が事件なだけに、何も考えずに部屋に入ることはできない。


 まだ藍斗が先程の姿でいるとは思えないが、恐る恐る部屋の扉の鍵を開け、部屋へと入ろうとする。


 そんなにビビらなくても大丈夫じゃないかって? 仕方がないじゃない。だって藍斗のアレが……。アレが……。


 昔と全然違ったんだから‼︎


 昔の記憶ではアレはもっと可愛らしく、それを目にしたからといって嫌な気分になったりはしなかった。

 しかし、成長した藍斗のあれは可愛らしさとはかけ離れた姿をしていた。言葉にするのも憚られるレベルだわ……。


 あ、あんなに大きくなるのね……。


 あんなの絶対に入るわけ……。って何考えてるのよバカ‼︎ なんで私と藍斗がそういうことする前提で話進めてる訳⁉︎


「もう裸じゃないから大丈夫だぞ」


 鍵を開ける音で私の存在に気がついた様子の藍斗は私が心配している事に気がつき大丈夫だと声をかける。


 仮に大丈夫だったとしても、藍斗と顔を合わせるのさえ恥ずかしい。

 とはいえ、ここで狼狽える様な行動をとってしまえば馬鹿にされる可能性もある。


「フンッ。別にあんたの裸なんか気にしてないわよ。どうせ昔たくさん見てるんだから」


 そう、私は昔から何度か藍斗の裸を見ている。だから今更藍斗の裸姿を見たところで何も問題はない……訳ないでしょ⁉︎ 今と昔じゃアレだけじゃなくて体つきとか全然違ったんですけど⁉︎


 え、なんでスポーツとかしてないのにあんなに足腰太いの? なんで微妙に筋肉質なの? 


「俺もお前の裸たくさん見てるけどな」


 藍斗の言うとおり、一緒にお風呂に入って藍斗の裸を何度も見ているということは、私も藍斗に何度もあられもない姿を見られていることになる。


 本当に嫌なとこを突いてくるなこいつ……。


「バ、バカ‼︎ なに気持ち悪いこと言ってんの⁉︎」


 風呂でのぼせたせいか、藍斗が気持ち悪い発言をしていることはあまり気にならず、藍斗と一緒にお風呂に入っていた頃の記憶が蘇ってくる。


 あの頃の私たちは本当に仲が良くて、毎日一緒に過ごしていた。そしてそんな私たちの隣には決まってママと陽子さんの姿があり、仲良さげにしている私たちを見ていつも笑顔を見せてくれていた。


 ……あの頃は楽しかったなぁ。


 でも、ママがいないんじゃあの頃と同じような情景はもう見ることができない。


 私って本当バカね。1人にならないための作戦で藍斗を突き放すなんて。


 私は一人ぼっちになったんだ。天井家から追い出されないように、一番心を許せるはずだった藍斗という存在を自分から突き放した。


 そんな私が、天井家の人たちと、本当の家族になるなんて出来るわけがない。


「ア、アンタはさ、私のこと家族だと思ってる?」


 今の自分の状況を悲観して考えていたせいか、私はするつもりもなかった質問を藍斗に投げかけていた。


 藍斗は私のことを家族だと思ってくれているのだろうか。天井家に住まわせてもらってからこれまで、私はずっと藍斗のことを傷つけてきた。


 そんな私のことを恨みこそしても家族だと思ってくれることなんてありえない。


 そう分かっているはずなのに、藍斗に質問してしまっていた。


「すまん。俺は飯崎を家族だと思った事はないし、多分これからも思えん」


 ……やっぱりそうよね。私は藍斗に告白して振られてしまい、天井家から追い出されるというシナリオを避けるために藍斗を嫌いなフリを続けてきたが、そんなことを繰り返していれば藍斗が私のことを家族として見れないの納得できる。


 陽子さんと隆行さんは私たちが仲がいいと思ってくれているし、本当に暖かい人たちだから私の面倒を見てくれているが、藍斗に嫌われていたのではもう私の居場所なんてないと言っても過言ではないのではないだろうか。


 それなら私はあの家を出ていくという選択肢も考えなくては……。


「……そっか」


 思わずため息まじりで返事をしてしまう。ダメだ。なぜかは分からないけど目が少し潤んできた。


「だって飯崎は俺の幼馴染だろ?」


「……え?」


 私は藍斗からの返答に思わず目を丸くした。


 幼馴染? 藍斗はもう1年以上も一緒に私と住んでいるというのに、この期に及んで私を家族でも他人でもなく幼馴染だと言った。


 最初は余りにも馬鹿らしい返答に固まってしまったが、そのあまりにも藍斗らしい返答に少しずつだが暖かさを感じていた。


「飯崎と一緒に家に住む事になって、そりゃ最初は俺も飯崎と家族に、兄妹ならないといけないって思ってたんだ。でも一緒にいれば一緒にいるほどやっぱ飯崎は幼馴染なんだよ。昔から俺のよく知る飯崎でしかないんだよ。だからさ……」


 藍斗も私と同じ家に住む事に対して、それなりに悩みを抱えて悩んでくれていたのか。それも、自分のことではなく、私のためを思って悩んでくれていたのだろう。


 そう思うと私の心は一気に軽くなっていった。


 しかし、最後の言葉を藍斗が中々言おうとせず、私はドキドキしていた。


「な、なによ」


「ひ、人並みにドキドキしたりはする」


「……は?」


 ドキドキ? それは他人が一緒に住む事になって緊張している、という意味でのドキドキだろうか。


「だ、だってそうだろ⁉︎ 事情が事情とはいえ同い年の女の子が急に一緒に住むってなったら誰だってドキドキするって‼︎」


 藍斗が何を言っているのか、直ぐに理解する事は難しかった。


 同い年の女の子が一緒に住むってなったらドキドキする? それはやはり、女性として私を意識しているということ? 藍斗が? 私に?


 私はこれまで散々藍斗に冷たい態度を取ってきて、酷い仕打ちもたくさんしてきた。嫌われるようなことをした記憶しかない。

 というか、嫌われようと思ってやってたんだから当たり前なんだけど……。


 なので、藍斗が私にドキドキするという理由が全く理解できない。


「そ、そうなのね……」


「そ、そうだ」


 理由が分からないとはいえ、この藍斗の赤面っぷりはどうも嘘には思えない。


 自分で嫌われようとして、藍斗に嫌われていると思ってショックを受けているという矛盾した行動をしていた私だが、藍斗は私のことを嫌っている様子はなく、私はなぜか安堵してしまっている。


「へぇ〜。アンタ、私がずっと同じ家で一緒にいるからドキドキしてたんだ」


「仕方ないだろ。俺だって健全な男子なんだから」


「ふーん。健全なんだ。じゃあ提案があるんだけどさ」


 藍斗が私のことを女性として意識しているなら、どうせならもっと意識させてやる。

 私もさっき藍斗の裸を見たのだから、それの仕返しとまではいかないものの、藍斗に私をもっと意識させてやりたかった。


「提案?」


「私、今からそこの露天風呂入るから、こっち見ないようにしてて」


「なにいってんの⁉︎ やめとけってそんなことするの‼︎」


「アンタだけこの部屋の露天風呂楽しんで私が楽しめないのは悔しいじゃない‼︎ アンタが覗かなければいいだけの話でしょ?」


「ま、まぁそれはそうだけど……」


 なにやら変なスイッチが入ってしまった私は足早に露天風呂へと続く脱衣所へと入っていく。


 藍斗が部屋にいたままでは私のことを意識できないかもしれない。それならもう一押し……。


「ひ、一人は寂しいから……。私がいいって言ったら脱衣所まできて会話してくれない?」


 これ、絶対後で後悔するやつだ。でも、今更私の発言を取り消すことはできない。ここまで来たら今更引き下がるわけにはいかないだろう。


「べ、別にそれは構わんが」


「ありがと」


 そして私は脱衣所に入り、服を脱ぎ始めた。

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