第31話 浴衣ってゲレンデマジックだよね

 夕食を終えた俺たちは自分たちが宿泊する部屋へと戻ってきた。


 旅館の夕食だけあって新鮮な魚介類や山菜など、中々な豪華な夕食だったとは思う。

 しかし、夕食中は部屋割りについて母さんと父さんに対して文句の一つや二つくらい言ってやろうおいう思いから料理の味を静かに楽しむことはできなかった。


 そう思ってはいたが、結局母さんと父さんには文句を言えずじまい。俺と飯崎が子供時代の様に仲がいいと思い込んでくれている間はそんな文句を言うわけにも行かない。

 仮に俺が飯崎と同じ部屋になるのを嫌がったら俺たちの仲を疑われかねないからな。


 それにしても中々どうして、やはり女子の浴衣姿というのはなんとも趣があってどうしても視線を飯崎の方に向けてしまう。

 

 胸元はいつもより開けているし、帯でキュッと結ばれているので体のラインもいつもより分かりやすい。

 あと気になるのは飯崎が浴衣の下に下着を着用しているかどうかだな。まあ浴衣の下に下着を着用しないなんていうのは男の欲望が作り出した迷信の様なものなのだろうが。


「なにジロジロ見てるわけ?」


 流石に飯崎のことをジロジロと見過ぎたようで、飯崎は両手で自分の体を隠す様にして訊いてきた。


「べ、別に見てねぇよ」


「フンッ。まぁいいわ。私は大浴場でも行ってくるから。そっちはそっちで好きなようにしたら」


 客室にも露天風呂が付いているタイプではあるが、流石にこの状況で客室の露天風呂を使うわけにもいかない。飯崎が大浴場に行きたがるのも理解できる。


「はいはい。言われなくても好きにしますよ」


 相変わらず仲の悪い会話を続けながら飯崎は部屋を後にした。

 飯崎も部屋から出て行ってしまったし、せっかく温泉旅館にきたのだから俺も大浴場に行く事にしよう。


 そう思って大浴場に行く準備をしていると、1人になって静まり返った部屋の中に、露天風呂のお湯が注がれている音が聞こえてきた。 


 俺は思わずその音の方向に振り返り、俺の目線の先には客室露天風呂がある。


 そもそも飯崎が一緒の部屋にいるから客室にある露天風呂が使えないのであって、飯崎がいないのであれば態々1階まで降りて温泉に入りに行く必要ってあるのか?

 飯崎が部屋にいたらそりゃ裸になって温泉に入るわけには行かないが、飯崎は今大浴場に向かったばかりなのでしばらくは部屋に戻ってこないだろう。


 それに、せっかくこんなにいい部屋に泊まれているのに露天風呂を使わないなんて金をドブに捨てているようなもんだ。


 そう考えた俺は誰もいなくなった部屋で服を脱ぎ始めた。先程まで飯崎がいた部屋で全裸になるという行為に若干の背徳感を覚えながらも、同じ家で暮らしていればいつもしている行為なので今更気にする必要はないと自分に言い聞かせる。


 露天風呂に入るために部屋の中で着替えの下着を探していると、下着は部屋の入り口に置いておいたカバンの中に入れっぱなしになっていたことを思い出してカバンをあさりに行く。


 目的のカバンを見つけると、しゃがんでそのカバンの中を探し始めた。カバンの中は乱雑になっており、中々下着が見つからない。


 その時だった。


 ガチャだという乾いた音と共に扉が開き、浴衣姿の飯崎が部屋へと戻ってきた。


 俺は入り口の扉の方を向き、飯崎と目が合う。


「よ、よお。もう戻ってきたのか? 一緒に風呂でも入る?」


 突然の出来事に混乱しすぎて、飯崎が了承するはずもない質問をしてしまう。

 でも大丈夫なはず。俺しゃがんでるし、きっと大事な部分は見えてないから。見えてないはずだから‼︎


「バっ。なんてもん見せんのよ‼︎」


 俺の右頬広範囲に乾いた音と共に鋭い痛みが広がる。そして俺はそのまま床に倒れ込み、飯崎はものすごい勢いで入り口の扉を閉めた。


 そして俺は素っ裸のまま、床に寝転がる。


 俺は男なので、別段飯崎に裸を見られたからといって恥ずかしいとか恥ずかしくないとか、そんな感情は併せ持っていない。


 とはいえ、変質者が自分の股間を女子高生に見せつける、なんて事件もあったりするしなぁ。あれ、俺下手したら捕まんなこれ。


 俺はしゃがんでいたし飯崎から俺の大事な部分は見えていないのではないかと淡い期待も抱いていたが、飯崎の言葉の表現で気になる部分があった。


『なんてもん見せんのよ‼︎』という言葉だ。


 俺が飯崎と一緒に泊まる部屋で全裸になっていれば、「なんで服着てないのよ‼︎」とか、「早く服着なさい‼︎」という言葉が普通だと思わないか?


 それなのに、飯崎は今、なんてもん見せてんのよ‼︎ と発言したのだ。それはようするに、天井藍斗の天井藍斗が見られたということに他ならないだろう。


「あー、床冷てぇなぁ」


 飯崎に平手打ちをされて倒れ込んだ俺は背中に床の冷たさを感じているが、引っ叩かれた頬はやたらと熱い。


 こんがらがった頭の中で何が起こったのか、整理ができないままただただ床の冷たさを感じていた。

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