第30話 落とし穴は気が付かないから落とし穴なんだよね

 エレベーターに乗って上階に登り自分たちが泊まる部屋の前に到着して俺は部屋の入り口を開けた。


 部屋に入り、窓際に置かれていた椅子に座って外を眺めてテンションが上がる。

 窓の外には露天風呂が付いているというかなり豪華な客室だったのだ。


 これまでも家族旅行でホテルに泊まったことはあるが、3人で泊まるにはやたらと狭かったり、明らかにビジネスホテルだったりとどうしても満足し切れない内容だった。


 そんな俺は客室に設置された露天風呂にテンションが上がらずにはいられなかった。

 というか今回の旅行、だいぶ無理してないか母さん達。ちょっと高そう過ぎるんだが。まぁ子供が気にするところでもないか。




 ふぅーー……。




 まだ高校生だが、やっぱりこうして旅行に来ると落ち着くもんだなぁ。

 窓の外からは風呂にお湯が注がれる音が聞こえるし、部屋から見える景色も申し分ない。


 よしっ。お茶でも入れて一息吐くか。




 ……って落ち着けるわけないだろ⁉︎


 こんな状況で誰が落ち着けるってんだ馬鹿‼︎


 今日は俺が父さんと同じ部屋で宿泊をして、飯崎と母さんが同じ部屋で宿泊をするものだと思い込んでいた。そう思い込んでいたからこそ、俺はあまり文句を言わずにこの旅行にやって来れた部分もある。


 それなのに、俺がいる部屋には今、居るべきではない人間が居る。


 他でもない、幼馴染の飯崎が俺の部屋に居るのだ。この状況になる事を想定していれば俺だって旅行に来ることを断ることだってできたが、いくらなんでも旅行に行く前にこんな状況想像できる訳ないだろ……。


 俺がため息を吐きながら飯崎の方に目をやると、飯崎は不機嫌そうにテーブルを挟んで置かれていた椅子に座っていた。


 そりゃそうだよな。俺だってこの状況には納得がいっていないのだから、飯崎が納得できる訳がない。


「なんであんたと同じ部屋で泊まらなきゃいけないわけ⁉︎」


 あまりにもごもっともな意見に俺は反応することができない。


「俺も飯崎全く同じ意見だよ……」


「旅行に行かないかって陽子さんに訊かれてオッケーしたのは、私と陽子さん、アンタと隆行さんの部屋割りになると思ってたからなのに‼︎」


 そうか、飯崎が旅行前にやたらと余裕を見せていたのは男女で部屋が分かれると思っていたからだったのか。


 まぁ普通に考えれば誰だってそう思うだろう。家族とはいえ、俺と飯崎は同級生で血の繋がっていない異性だ。そこは流石の母さんと父さんでも気を遣って部屋を別々にするだろうと考えていたのだが、まさかこんな部屋割りにするとは想定していなかった。


「……すまん。言い訳に聞こえるかもしれんが多分俺と飯崎を同じ部屋にしたいと思ったんじゃなくて、純粋に母さんと父さんが同じ部屋に泊まりたかっただけだと思う。だから許してやってくれ」


「そうでしょうね。陽子さんと隆行さん仲良いし。……まぁアンタと同じ部屋なのは気に食わないけど、私のことを考えて旅行に連れてきてくれたんだから許すも何も最初から怒ってないわよ」


 許すとは言いながらも手がプルプル震えてるぞ飯崎。感情が隠しきれてないじゃないか。

 頭では理解しているが、俺と同じ部屋で一晩を過ごさなければならないという状況に心が追いついていないようだ。


 俺と飯崎の間にはなんとも言えない微妙な空気が流れる。


 会話がなくなってしまった部屋に聞こえてくるのは露天風呂の水が注がれる音のみ。普通であれば心地よく聞こえるはずであろう音が今の状況だとやたらシュールな音に聞こえた。


「まだ母さんと父さんから見たら俺と飯崎の関係は子供の頃のままで止まってるんだと思う。本当にすまん」

 

 俺の母さんと父さんのせいでこんなことになったのだから、俺には責任を取る覚悟があった。

 飯崎から地べたで寝ろと言われれば布団も敷かずに畳の上で寝るし、出ていけと言われれば出ていく覚悟もある。


 近くにネカフェくらいあるだろう。いや待てここ結構田舎じゃね?た 野宿ですか? 野宿ですか?


「アンタ今どうせ、俺の両親のせいでこんなことになったんだから責任とらないと、とかって思ってるんでしょ」


 な、エスパーかこいつ⁉︎


 俺が思っていることをそっくりそのまま言われたので俺は思わず後退りする。


「……陽子さんと隆行さんは私の両親でもあるんでしょ。それならアンタの責任じゃないし、それに私たちは兄妹なんだから一緒の部屋でも問題ないでしょ」


 俺は飯崎の言葉に、フッと微笑んだ。


「そうだな。何も問題はない」


「アンタが変な気を起こさない限り大丈夫よ」


 意外と切り替えの早い飯崎の姿に驚いた。俺のことが嫌いな飯崎の事だから、嫌だ嫌だと喚いて最悪別の部屋を用意してもらうまであると思っていたのだが、予想以上の素直さに俺は呆気にとられていた。


「変な気なんて起こる訳ないだろ」


「ちょっとは起こしなさいよ‼︎」


 いやどっちだよ。辻褄の合わない発言やめろ‼︎


「お前こそ夜中に俺を襲うとかやめろよ」


「だ、誰がアンタなんか襲うもんですか‼︎」


 俺と飯崎が同じ部屋で泊まらなければならないという問題は発生したが、なんとか問題を解決した俺たちは浴衣に着替え、夕食へと進んだ。


 若干期待したりしていなくはなかったのだが、飯崎が浴衣に着替える時に部屋から追い出されたことは言うまでもない。

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