第29話 子供の特権は子供のうちに使いまくろう

 目的の旅館に到着すると、父さんがかけたサイドブレーキの音とシフトレバーをパーキングに入れる音で飯崎が目を覚ました。


 何でか車の中で眠っていても目的地に到着した途端に目を覚ますんだよなぁ。理由は分からないが気持ちは分かるぞ飯崎。


 飯崎は目覚めてすぐ状況を理解したようで、ハッとした後ですぐ謝罪を始めた。


「ご、ごめんなさい‼︎ 私ったら運転してもらってるのに寝ちゃって……」


 とんでもない事をしてしまったと顔を真っ青にして謝罪をする飯崎。

 俺はそんな飯崎の姿を見て、先程飯崎にされた様に呆れてため息を吐いた。


 動揺する飯崎に父さんと母さんは微笑みを返す。


「莉愛ちゃん、気を使う必要なんてナッシング‼︎ 子供が親の運転する車の中で寝るのは当たり前なんだから‼︎」


「そうよ。私なんて子供じゃないのに寝ちゃうわ」


 父さんがやたらテンションが高いのは昔バンドマンだった影響があるらしく、正直飯崎にそんな高いテンションで絡んでほしくない。子供の俺が恥ずかしいわ。


 父さんの性格はさておき、だから言ったろ、といった顔で飯崎の方に視線をやると、飯崎は申し訳なさそうに下を向いた。


「ありがとうございます……」


 いくら父さんと母さんから大丈夫だと言われたからといっても、俺に寝るなと言っていた手前、やはり後ろめたさのようなものを感じずにはいられないのだろう。


 俺は気恥ずかしそうにしている飯崎に車から降りるよう促し、旅館へと向かった。


 旅館に入ると、高級そうな門構えで、入り口には団体客が集合写真を撮るスペースも準備されている。


 父さんと母さんがチェックインをしている後ろで、俺と飯崎は待機していた。


「ねぇちょっと」


「どうした?」


「ここ、中々高級そうじゃない?」


「まぁそうだな。いいところには見えるな」


「平然としてるんじゃないわよ。あなたの分は勿論だけど、私の分までお金払ってくれてるのよ?」


 ……ああなるほど。飯崎は自分の旅行代金を払っていないこを申し訳なく感じているのか。


「何言ってんだ。俺たちは子供なんだから、そんなとこは甘えていいんだよ」


「そ、そりゃあんたは陽子さんと隆行さんの子どもでしょうけど……」


「バカ。何言ってんだお前は」


「ば、バカとはなによ‼︎ こっちだって色々と悩んでるんだから」


 飯崎の状況でそのような悩みを抱えるのは正直仕方がない事だと思う。

 俺だって飯崎と立場が逆なら同じように考えるだろうし、バイトでもなんでもしてお金を返そうと努力するだろう。


 しかし、俺は今飯崎の立場にはいない。


 飯崎のフォローをしてやらなければならない立場にいるのだ。


「悩まなくてもいいんだよ。いつも家事手伝ったりとかご飯作るの手伝ったりしてくれてるだろ? それだけでいいんだよ。飯崎は父さんと母さんの娘で、俺の兄妹なんだから」


「で、でも……」


「じゃあ逆の立場で考えてみろよ」


「逆?」


「飯崎が俺の母さんと同じ立場だったらどうする?」


 飯崎は自分視点でしか今の状況を考えることができていないので、周りからの視点でも自分の状況を考えるよう促した。


「例えばくるみと瀬下に子供ができたとするだろ?」


「うーん、まぁくるみと瀬下くんがカップリングするのは考えづらいけどとりあえずそう考えるよう努力するわ」


「それで、俺と飯崎にも子供がいたとするだろ?」


「ば、バカじゃないの⁉︎ あんたどさくさ紛れに何言ってんの⁉︎」


「バカはお前だ。例え話だって言ってるだろうが」


「た、例え話ね……」


 飯崎にバカと言い返してなんとか丸め込んだが、今のは自分でもナチュラルにあまりにもえげつない例えをしてしまったと反省する。


「それで仮に事故か何かで急にくるみと瀬下が死んだとして、その子達に身寄りがないとしたらお前その子供引き取るだろ?」


「ええ。引き取るわね」


 飯崎は俺の問いかけに即答した。普通はどれだけ仲がいい親友だったからと言って、その子供たちを引き取ると言うのは中々難しい事だ。


 しかし、飯崎なら必ずそうすると俺は信じていた。


「引き取った上で、旅行行った時とかに子供にお金渡せってせがむか?」


「バカじゃないの? そんな事するわけないじゃない」


「そういう事だよ」


「……そういう事……なのかしら」


「そういう事だ。だから飯崎は母さんと父さんからの愛情を、なんの見返りを返す事もなく受け取ってていいんだよ」


「……そうね。感謝だけは忘れずに、愛情は受け取ることにするわ」


「おう。それでいいと思うぞ」


 俺の話で飯崎は納得したようで、チェックインが終わった母さんと父さんの後について俺たちは部屋へと向かった。

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