第28話 家族旅行とは言わなくね?

 今日は家族旅行当日。


 家族旅行とは言っても父さんが運転する車の後部座席に座っている俺の横に幼馴染が座っている時点で、俺にとってはただの家族旅行ではなくなっている。


 母さんが突然旅行に行こうと言い出したので今こうして旅行先に向かうために車に乗っているのだが、正直車の後部座席でずっと飯崎と隣同士なのは俺にとって苦行でしかない。


 母さんは飯崎に気を遣って旅行に行こうと言ってくれたのだろうが、俺と飯崎の関係性を考えればこの旅行は地獄でしかないのだ。


 俺は普段から罵声を浴びているので、いつどんな理由で罵声を浴びせられるか分からず神経を張り詰めて罵声を浴びないようにしなければならない。ずっとそんな事を考えて行動していれば疲労が溜まっていく。


 とりあえずは飯崎にキモいとかウザいとか言われないように勤めながら車に乗っていよう。


 ……それにしても先週の休日は驚いたなぁ。まさか金尾が俺のことを好きだったなんて。あんなの最早告白と言っても過言ではないだろ。


 あれから一週間、俺と金尾の関係性は別段変わっておらず、学校での会話はほとんどなく、ラインをしたりする事も無い。


 ただ、やはり好きと言われると意識してしまうもので、以前よりも金尾が可愛く見えてすらいる。


 どうしたもんかなぁ。あれが告白だって言うならいつかは返事をする事も考えなければならない。


 って今はそんな事を悩んでいる場合ではなくて、飯崎の機嫌を損ねない様に気を張っていなければ。


 ……いや、待てよ? 飯崎の横で大人しく座っているつもりだったが、改めて考えてみれば態々飯崎の相手をしてやることもない。


 俺は今、"親の運転する車" に乗っている。そうとなったら俺が取るべき行動はこれしかないだろう。


「ふわぁ……」 


 俺は目を瞑り、眠る体制に入った。


「今日はみんな揃ってよかったわ。仕事の都合とかで中々みんなの休みが合う日がないから」


「はい。旅行、楽しみです」


 飯坂は旅行が楽しみだなんて言っているがそんなのは嘘に決まっている。

 この愛想のいい態度を俺にも見せてくれればいいのに……。


 そんな事を考えながら飯崎の方に目をやると、飯崎は何やら考え込んでいる様な表情を見せていた。


 嘘をついていたからなのだろうが、理由が気になった俺は思わず飯崎に訊いてしまった。


「どうした。そんなに考え込んで」


 俺がそう訊くと、飯崎は呆れた様にため息を吐きながら返答した。


「別に考え込んでなんていないわよ。アンタこそ眠そうだけど寝ぼけてるんじゃないの?」


 考え込んではいないと言うが、先ほどの表情を見ているとそうは思えない。

 とはいえ、飯崎が考え込んでいないと言うのであればこれ以上突っ込むことはできないだろう。


「確かに、やたらに眠いからなぁ。ふわぁ」


「また欠伸して……。隆行さんが運転してくれてるんだから起きなさいよ」


「親の運転する車に乗りながら子供が寝るってのは大原則なんだよ。だから無理おやすみ」 


 そして俺は後部座席を後ろに倒して、心地の良い睡眠をスタートさせた。

 



 ◇◆




 目が覚めると、目的地である旅館までは残り十分程の場所までやってきていた。


 かなり長時間眠っていたので、すっかり眠気は取れて体調万全。

 そんな俺の視界には俺の右横で扉にもたれかかり口を開けて涎を垂らしながら寝ている飯崎の姿が入ってきた。


 俺が寝る前に、「隆行さんが運転してくれてるんだから起きなさいよ」なんて毅然とした態度で言ってたのはどこのどいつだよ……。


 最近では中々見ることがなかった飯崎の寝顔。周囲の事など気にすることなくぐっすり眠っている飯崎の寝顔を見ると、俺たちが仲が良かった頃を思いだす。


 俺はこっちの飯崎の事が好きだったんだよな。天真爛漫で気を遣える優しい飯崎が大好きだったんだ。


 この寝顔を見ているとやっぱり俺は飯崎が好きなのではないかと思わされるが、飯崎は俺の事が嫌いだ。


 一度は、嫌いじゃない、なんてことも言われて動揺したが、俺に対して冷たい態度を取り続けている飯崎が俺の事を嫌いじゃない訳がない。


 だから俺も飯崎の事を嫌いになったのだから。


 今の俺は飯崎が嫌いだ。


 とはいえ、金尾の事が好きという訳ではない。


 金尾は俺の事が好きだとは言っていたが、まだ正式に告白された訳でもないしな。


 俺は飯崎がいつかこの寝顔を毎日の様に見せてくれていた昔の様な関係性に戻って、2人で笑い合える日が来る事を柄にもなく願いながら、俺は飯崎の無防備な寝顔を写真に収めた。

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