4章 家族旅行

第27話 変化は怖いことである

 今日は陽子さんが提案してきた家族旅行当日。私は隆行さんが運転する車の後部座席に座っており、左側には眠そうに欠伸をしている藍斗の姿があった。


 眠そうに欠伸している姿も愛らしい……。


 ち、違う違う。私はこいつが嫌いなんだから。ちっとも愛らしくなどない。


 ……ダメね。化けの皮がどんどん剥がれ落ちてきてるわ。


「今日はみんな揃ってよかったわ。仕事の都合とかで中々みんなの休みが合う日がないから」


「はい。旅行、楽しみです」


 旅行が楽しみ、なんて言ってはいるが本音を話せば不安しかない。

 

 藍斗とは同じ家に住んでいるが、同じ家に住んでいたとしても土日は基本藍斗と一緒にいることはない。

 しかし、旅行に行くとなればその間、私は藍斗とずっと一緒にいなければならない。


 ただでさえ最近藍斗に対する態度が緩くなって来ているというのに、一緒に旅行なんて行ってしまったら私の藍斗に対する気持ちがさらに大きくなってしまう可能性もある。


 そう思うと今回の旅行は不安でしかなかった。


 不安を抱えている私の横で、ウトウトして今にも寝落ちしてしまいそうな藍斗の表情を見ていると不安を抱えているのがバカらしく思えてくる。


 先週金尾さんが藍斗のことを好きだと宣言してから私は感じるべきではない危機感を持っていた。


 金尾さんは学校に登校してきても寝てばかりで、藍斗と遊んだ日以来藍斗が金尾さんと学校で喋っているところは目にしたことがない。

 掴みどころのない性格で本当に藍斗の事が好きなのかどうかも分からないし、私が危機感を持つ必要はないのかもしれないが、金尾さんは正直めちゃくちゃ可愛い。


 短めに切り揃えられた暗髪に柔らかい表情が金尾さんのトレードマーク。いや、眠たくて眠そうな表情をしているだけかもしれないけど。

 とにかく、普通の男子なら誰が好きになったっておかしくないくらいの美少女なのだ。


 あれ程の美少女であれば藍斗が金尾さんのことを好きになってしまってもおかしくはない。


 これまで私は藍斗のことを嫌いになることで天井家での居場所を確保してきた。もし私が下手に藍斗にアタックして振られてでもいようものなら私は今この場にいなかったかもしれない。


 私が藍斗を拒絶している間に藍斗が私以外の誰かを好きになったり、付き合ったりする可能性も勿論考えた。

 悲しい話ではあるが居場所を確保するためならそれはそれで仕方のない事だし、そんな時がやってくる頃にはきっと私は藍斗のことを心の底から嫌いになれている、なんて思っていた。


 しかし、結局私はいつまで経っても藍斗の事を嫌いになる事はできておらず、金尾さんという美少女が藍斗のことを好きで付き合いたいと思っている、なんて事を知ってしまったら平常心ではいられなかった。


 藍斗が他の女の子のことを好きになったり付き合ったりするのは嫌だ。

 そんな明確な気持ちが私の心の中に芽生えながらも、居場所を失うリスクを考えると行動に移すことはできない。


 この坂私はどうすればいいのか、人生の帰路に立たされていると言っても過言ではなかった。


「どうした。そんなに考え込んで」


 どうしたも何もアンタのこと考えてんのよ。そんな眠たそうな表情で話しかけてこないでくれるかしら。


「別に考え込んでなんていないわよ。アンタこそ眠そうだけど寝ぼけてるんじゃないの?」


「確かに、やたらに眠いからなぁ。ふわぁ」


「また欠伸して……。隆行さんが運転してくれてるんだから起きなさいよ」


「親の運転する車に乗りながら子供が寝るってのは大原則なんだよ。だから無理おやすみ」


 聞いた事もない藍斗が勝手に作ったのであろう大原則を言いながら藍斗は再び眠りについてしまった。


 本当に緊張感のない男だわ。


 これから私がどう行動していけばよいかはどれだけ悩んでも答えが出そうにないが、とりあえずは今の状況を続けるしかないだろう。

 今の状況をダラダラと続けていても何も解決はしないが、きっと今の居場所を確保する事くらいはできる。


 好きだと伝えられた男子はその子のことを意識し始めるとも言う。

 今の私には藍斗が金尾さんの事を気になり始めて好きになってしまわないよう願うことしかできない。


 まぁ何はともあれ私を振り回してるんだから、少しくらい痛い目にあっておうかしら。


 そして私は携帯を取り出し、藍斗が大きく口を開けて涎を垂らしながら眠っている姿を写真に収めた。

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