第22話 最高のデザートはクレープという真理

「おおおおここは天国なのか……?」


「違いますよ金尾さん」


 金尾は目的地に到着するや否や興奮を隠しきれない様子で目を輝かせている。


 今日の目的地は俺たちの地元から電車に揺られて1時間の場所にある食べ歩きスポット。


 どうやら金尾は睡眠属性だけでなく大食い属性まで持ち合わせているらしい。


「天国ではないと……。ではユートピアか?」


「ここは商店街です」


 金尾の華奢な姿からはあまりイメージがつかなかったが、この喜び方を見るにどうやら金尾は本気で食べることが好きなようだ。あと喋り方のクセ。


「早く行こうぞ天井殿‼︎」


「分かりましたよ姫」


 前のめりで商店街への中へと入っていく金尾を俺は置いて行かれないように小走りで追いかけた。




 ◆◇




「ま、まだお腹に入るんですかパイセン……」


「入るも入らないもない。この世の全ての食べ物はもうすでに私の胃袋の中さ‼︎」


 何か訳の分からない事を言っているのは気にしないでおくとして、一通り人気店を食べ歩きもう俺の胃袋の中身はパンパンなのだが、金尾の食欲は止まるところを知らない。

 俺は少食なので俺と金尾を比較しても正しい比較にはなっていないかもしれないが、やはり金尾は相当な大食いのようだ。


「もう無理ですごめんなさい」


「小さな胃袋よのう」


「何なのその口調、腹一杯な事よりそっちの方が気になるわ」


「まぁ腹が膨れてしまったのなら仕方がない、ラストはデザートって事でどうだい?」


 デザートは別腹と言う言葉もあるくらいだし、確かにデザートならまだ腹に入りそうな気はする。

 これが最後だからな、と釘を刺してから金尾の提案を承諾し、デザートを食べる事にした。


 商店街では数多くデザートが販売されているが、俺の胃袋事情を勘案してどれか1つに絞ってもらうよう金尾に依頼した。

 すると金尾は大層困った表情を浮かべていたが、悩みに悩んだ末、最後に選んだのはクレープだった。


「クレープっていうのはね、真理なんだよ。デザート会の中でもカリスマ的存在なんだよ」


 それっぽい事を言っているが金尾の発言には全く内容が無いし、恐らく金尾の頭の中は「早くクレープ食べたい‼︎」という気持ちで埋め尽くされているのだろう。


 金尾がクレープを食べたいと言ってからクレープ屋に向かい、金尾は目を輝かせながらクレープ屋の列に並んでいる。

 並び始めてから5分程経過して俺たちの番が回ってきた。


「天井くん、このイチゴのクレープでいい?」


「ん? 別に構わないけど」


 イチゴのクレープは好きだし、イチゴのクレープを買う事自体には何も問題はないのだが、なんで俺が買うクレープの種類を金尾が決めるんだ?

 金尾は金尾で自分の好きなクレープを注文して、俺は俺で自分の好きなクレープを注文すればいいような気もするが……。


 あ、分かった、金尾は別のやつ頼んで俺にイチゴ頼ませて二種類のクレープを楽しもうとしてやがるな‼︎ 狡猾‼︎ 食欲って怖い‼︎


「イチゴクレープひとつお願いします」


「はい、イチゴクレープですね」


「以上でお願いします」


 ん? 異常? 委譲? 以上?


 え、1つしかクレープ注文しないのか? しかも金尾が注文したクレープは先程俺に訊いてきたイチゴクレープだ。金尾はクレープ食べないのか?


 あ、お腹がいっぱいの俺に気を遣って自分だけクレープを食べようとしているのか。授業中は寝ているだけだしぼーっとしているイメージだが、意外とかが利くようだ。


 ……いや、それなら俺にイチゴクレープでいい? なんて事は訊いてこないはずだ。


「イチゴクレープ、楽しみだね」


「……ん? そりゃよかった」


 金尾はクレープを食べるのが楽しみなのだろうが、今の言い方だと俺もクレープを食べるみたいだよな?

 疑問符を浮かべている俺を他所に、金尾は店員さんからクレープを受け取った。


「おお‼︎ これはもはやクレープではなく花束なのでは⁉︎」


 金尾が例えた通り、店員さんから渡されたクレープの完成度はかなり高く確かに花束のように見える。もはや芸術作品だ。

 そして金尾はポケットからスマホを取り出し、撮影を始めた。


「映えさせちゃう感じ? やっぱ最近の女子は映えさせちゃう感じ?」


「そりゃもう映え映えっす」


「こんだけ綺麗なクレープならみんなに見せびらかしたくなる気持ちも分かるな」


「それなっ。まぁ見せる友達いないけど」


「--はい?」


「--はい?」


 金尾もインスタに写真をあげて色んな友達に見てもらうために投稿しているかと思っていたが、確かに金尾は学校で寝てばかりなので友達がいないというのも違和感はない。


 まさかこいつ、俺と同類だったとは……。というか下手したら俺の方が友達多いだろ。瀬下とくるみと……飯崎も入れれば3人だな。金尾は俺しか友達がいないと考えると……。よし俺の勝ち。


「ま、まぁ別に人に見せる理由もないわな」


「そうそう。これは私が後で自分で見返して満足する用の写真ですから」


「な、なるほどな……」


 意識しすぎなのかも知れないが、微妙に空気が悪くなったような気がする。な、何か次の話題を振らなければ。


「と、とりあえず早く食べてくれ」


「そうだね。はい、どーぞ」


「--え、なに?」


 俺がクレープを食べるように促すと、金尾はクレープを持ったまま俺の顔の前までクレープを近づけてきた。

 流石に何事かと思い後退りしてしまう。


「食べないの?」


「え、ああそれじゃあ……」


 って雰囲気に流されそうになってるけどこれ俺も食べるの? クレープひとつしかないよな?

 色々な疑問が頭を駆け巡るが、俺はどうすることもできずそのままクレープを口にした。


「お、美味いなこれ」


 クレープを口にすると、多くあしらわれたイチゴに、甘すぎないちょうどいい甘さの生クリームがマッチして俺好みのクレープだった。


「見た目が可愛いんだから味も美味しいのは間違いないね。私もいただきます‼︎」


 見た目が可愛くても美味しくない食べ物なんていくらでもありそうだけどな、と考えていたのも束の間、金尾は今俺が口にした部分を、全く気にすることなくそのまま食した。


「……えっ⁉︎」


「ん? どうかしたかね?」


「いや、なんでもねぇ」


 こいつ、とんでもない事を何事もないかのように簡単にやってのけるな。

 まぁ金尾が勝手に俺と間接キスしているだけなら問題はない。


 流石に俺が金尾の食べた後のクレープを食べるのは問題があるがな。


「そっか、おいしすぎて早く二口目が欲しかったんだね。思う存分に食べておくれよ」


 ……は? 俺まだ食べていいの? 最初の一口目だけはお情けでくれたのかと思っていたが、俺がまだ食べていいとなるとそれはまずい。


 それって完全に間接キスだろ?


「どうしました? いらないのですか?」


「あ、いや、……」


 流石にこれは躊躇するな。金尾が気にしないならそれでいいのか、それでいいのか⁉︎


 そして俺の口へとクレープは近づいてくる。


 俺はされるがままでそのクレープを頬張ろうと口を開ける。




 その時だった。




 俺の右方向から急に別人の顔が横入りしてきて、そのクレープを食べた。


 何事かと思いその人物を見ると、横入りしてきてクレープを口にしたのは飯崎だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る