第25話 昔の思い出
俺が口をつけたクレープをなんの躊躇もなく口にした金尾が、今度は自分が口をつけたクレープを近づけてきた。
まさかそんなものを俺が口にできるわけないだろうと思いながら、その刹那、俺の脳裏にとても懐かしい感覚が蘇ってくる感覚があった。
『僕がキスするは莉愛ちゃんだけだからねっ‼︎』
俺の脳裏に蘇ってきたのはなんとも恥ずかしい、思い出すだけで身体中がむず痒くなってしまうような言葉だった。
どうして今そんな事を思い出すのか、今まで忘れていた記憶が今になって蘇ってくるのかは理解し難い。
俺と飯崎は幼稚園で初めてのキスをした。
あれは夫婦ごっことかいう今思い出すだけで恥ずかしくなってしまいそうな遊びをしていた時のこと。おい昔の俺、今思い出すだけで恥ずかしくなる事しすぎだろ。気をつけろよな。
俺が飯崎の夫役、飯崎が俺のお嫁さん役で料理を作ったり子供にご飯をあげたり犬の世話をしたりして楽しんでいた。
最初はもちろんただのごっこだったのだが、仕事に行く俺を送り出そうとしお嫁さん役の飯崎が、いってらっしゃいのチューをしようと言い出した。
飯崎は恐らくその時のことを覚えていないだろうが、間違いなく俺は飯崎の方からキスを求められた。
今飯崎が俺にキスをしようなんて言ってきたらすぐに罰ゲームを疑うだろう。
当時の俺は飯崎の事がどうしようもなく好きだでたので、悩むことなくキスをした。
まだ幼稚園児の時に起きた出来事だったので俺がこの出来事を覚えていなかったのも無理はない。
しかし、飯崎に突き放される前までは俺もその記憶がはっきり頭に残っていて、ずっとキスしたいなぁ、なんて事を考えていたと思う。
ただあの日、俺のその記憶は完全に脳内から消え去った。飯崎が俺のことを突き放した日だ。
あれ以来俺の脳内からその記憶は完全に消え去っていたのだが、今金尾と間接キスをする直前になってその記憶が走馬灯のように蘇ってきた。
その記憶が蘇った瞬間、俺は金尾から差し出されたクレープを食べないために顔を遠ざけようとする。
その瞬間、俺が顔を避けたところに入れ替わるように誰かの顔が入ってきた。
「な、なはなほいひいひゃない‼︎」
俺と金尾の間に話って入り頬に生クリームをつけたまま喋っているのは嫌でも毎日目にする顔、飯崎だった。
「飯崎⁉︎ なんでこんなところに⁉︎」
「ぐ、偶然よ‼︎ たまたま通りかかったの‼︎ 別に尾行なんてしてないわ‼︎」
「な、お、おまえ尾行してたのか⁉︎」
「だからしてないって言ってるでしょ⁉︎」
飯崎がしてないって言ってるんだから尾行はしていないのか? いや、でも自分から尾行とかしてないとかいうか?
それより俺たちが二人で食べてたクレープを横入りで食べるってどういうことだよこいつ頭イってんのか?
「す、す、す、スクールカーストップの飯崎さんじゃないですかぁぁぁぁ」
急に眼前に登場した飯崎に金尾は動揺してしまっている。
「あ、落ち着け金尾。こいつは顔が可愛いからスクールカーストトップのフリをしているが中身はそんなことないぞ」
「かっ、かわっ……」
動揺する金尾を落ち着かせようと声をかけるが、金尾は中々落ち着きを取り戻してくれない。
何とかして金尾を落ち着かせようとしている俺だが、正直急な出来事過ぎて俺も動揺している。
こんな状況で動揺するなという方が無理があるだろ。飯崎は何故ここにいて、そして何故俺たちが食べていたクレープを横入りで取ったんだ?
「おい飯崎、勝手に俺たちのクレープ食べたんだから金尾に新しいクレープ奢れよな」
「最初からそのつもりよ‼︎」
「それなら最初から俺たちのクレープ食べるんじゃなくて自分でクレープくらい買えよ。なんで俺たちのクレープ食べたんだよ」
「そ、それはあんたの約束を……」
「約束?」
「な、なんでもない」
飯崎は後一歩のところでクレープを口にした理由を教えてくれない。
しかし、俺の耳は今飯崎が“約束”と言ったのを聞き逃さなかった。まさかあの痛くて恥ずかしい約束を飯崎も覚えているのか?
だとしたら、俺と金尾が間接キスをしそうになっていたのを止めたかったという事になるのか?
いや、でもまさかそんなはずは……。
「お‼︎ 天井くんだ‼︎」
「え、くるみ? しかも瀬下まで……。みんなしてなんでこんなところに?」
「なんでって普通にみんなで食べ歩きに来たんだよ。莉愛ちゃんに声かけたら、天井くんは用事があるっていうから三人で来たって訳。まさか天井くんもこんなところにいるなんてね。しかも金尾さんととは驚いた」
「はああぁぁぁぁ飯崎さんに続いてスクールカースト最上位の柳瀬さんまでこんなところに……。これは怪獣大戦争か何かですか……」
「金尾、気をしっかり持て。確かに飯崎もくるみもスクールカーストは上位かもしれんが怪獣ではない」
金尾がこの状況に困惑するのも無理はない。
金尾はずっと寝ているので誰かとコミュニケーションを取るのが上手いタイプではないだろうし、それがスクールカースト上位の飯崎とくるみともなれば緊張で余計に上手く話す事ができないだろう。
金尾につられてスクールカースト、なんて言ってはいるが実際俺たちの学校にそんな階級じみた仕組みは無い。
「因みに俺と瀬下はスクールカースト底辺だから」
「あ、なんか急に気楽になってきました」
「おい藍斗、間違いではないがなんか傷つくからやめろ」
「間違いじゃないって素直に認めるところが好きだぞ俺は」
間違いじゃないなら否定する必要もないだろ。俺たちは飯崎とくるみと仲がいいだけの雑魚キャラだ。コバンザメみたいなもんだな。
「ここで会ったのも何かの縁だしさ、みんなで一緒に回ろっか」
「おいくるみ何言ってんだよ。俺は別にそれでも構わんが金尾を見てみろ。困惑しすぎて空見上げながらフラついてるだろ」
「私なら大丈夫‼︎ ってことで一緒に遊ぼっか‼︎」
能天気なくるみに、「いやお前が大丈夫かどうかは聞いてねぇよ」とだけ突っ込みながら、俺はフラつく金尾の肩を押して歩き始めた。
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