第20話 気にしないでおこうと思えば思う程気になるもの

 今日は隆行さんが仕事で帰りが遅いので、夕食のテーブルには私と藍斗それに陽子さんの三人が座っていた。


 そして私は携帯ばかり弄っている藍斗を他所に陽子さんから持ちかけられた旅行の話しをしていた。


「莉愛ちゃん、来週か再来週空いてる?」


「はい。特に予定は入ってないですけど」


「それじゃあ旅行に行きましょう‼︎」


 陽子さんから旅行の話を持ちかけられた時、嬉しい気持ちも大きかったが私は一瞬その誘いをオッケーするか躊躇した。


 私は藍斗の事を嫌いなフリをしなければならない。というか、本当に嫌いになる努力が必要だ。

 最近嫌いなフリの皮が剥がれてきて、少しずつ藍斗に対するあたりが弱くなってきているのは自分自身感じていたので、このタイミングでの旅行は正直やめていただきたかった。


 今の私に藍斗と一緒にいる時間を長く与えるのは、疲労で免疫力が低下した身体にウイルスが侵入するのと同じくらい容易な事。


 しかし、陽子さんは私に楽しんでもらおうと旅行を計画してくれたのだと考えるとその誘いを無碍にも出来ない。


 それに旅行とはいえ旅館の部屋は男女別々。私は陽子さんと、藍斗は隆行さんと同じ部屋で宿泊をする事になるだろう。  

 それなら別に藍斗がいても私が変にボロを出す事もないだろうし、まぁいっか。


「藍斗、食事中にあんまりスマホばっかいじっちゃダメでしょ」


「あーごめんごめん。友達に返信してて」


 藍斗が食事中にスマホを弄っているのは珍しい事だ。携帯ではゲームをするでもなく、誰かと頻繁に連絡を取る訳でもなく、携帯を持っている意味を問いかけたくなるレベル。


 そんな藍斗が夕食中にスマホを弄っているとなれば気になってしまうのも無理はないだろう。それに藍斗の携帯の画面をチラッと覗き込んでみたが藍斗は誰かと連絡を取っている様子。

 ま、まぁ別に、藍斗が連絡取ってる相手が誰かなんて気にならないけど。


 とりあえず、「アンタ瀬下くん以外友達いたのね」と小さな声で藍斗に嫌味を言うことで私の気持ちは少し落ち着いた。


「それで、藍斗は来週の土日空いてる?」


「え、たった今予定埋まったけど」


 本当に間の悪い男だわ。どうせ予定なんて瀬下くんと遊ぶという大した事もない予定の癖に。


「あらそう。せっかくだし四人で家族旅行にでも行きたいと思ってるんだけど、どう?」


「……は⁉︎ 四人で⁉︎ こいつも⁉︎」


 藍斗は私の方を指さしながら、あからさまに怪訝な表情を浮かべた。


 やっぱり藍斗は私の事が嫌いなのね……。別に私は一緒に旅行に行くくらいなんて事は……。


「なに、そんなに嬉しいの?」


「そ、そんな嬉しい訳……」


「じゃあ再来週は?」


「それなら空いてるけど」


「じゃあ再来週で決まりね‼︎ サクッと温泉旅館でも予約しとくわ〜」


 藍斗は四人で旅行に行くことにかなり抵抗があるようだが、私だってできればこんな旅行行きたくない。

 これ以上、藍斗のことを好きになる可能性は少しでも減らしておきたいのだが。

 

「楽しみです‼︎」


 そうやって心では思ってもないことをさらっと口にし、私は黙々とご飯を食べ続けた。




 ◇◆




「飯崎はさ、俺と一緒に旅行行くの嫌じゃないのか?」


 陽子さんが友達とカフェに行くと言って家からいなくなって早々、藍斗は私が旅行に行くのが嫌ではないのかと訊いてきた。


 本音を言えば、藍斗と旅行に行けるなんて最高!! という気持ちだ。

 しかし、私は藍斗と旅行に行くなんて最悪と思わなければならないので、本音を抑えて回答した。


「は? 嫌に決まってるでしょ」


 くっ……。自分で決めた道とはいえ、やはり藍斗の事を遠ざけるような発言をするのは胸が痛むな……。

 

「じゃあなんでそんなに落ち着いてんだよ。断ればいいじゃねぇか」


「そりゃ落ち着くでしょ。というか落ち着くしかないし。陽子さんと隆行さんからの誘いなんだから断る訳にはいかないし、もう避けられないことなんだから今更喚いてもしょうがないじゃない。別にあんたと旅行に行くくらい対して嫌じゃないわよ」


 藍斗と旅行に行くのが嫌だなんて思ってる訳ないじゃない。藍斗の事が好きなのだから、正直一緒に旅行に行けるなんて最高だ。


 ……あーもう。私の理性は日が増すごとに崩れ落ちていっている。 


「そうか。ならいいけど」


 私が旅行に行きたいか行きたくないかなんて話はどうでもよくて、私は先程藍斗が連絡を取っていた相手の事が気になっていた。

 藍斗が来週誰と遊びに行くのか、家族として知っておかなければならないので直接訊いてみる事にした。


「それよりあんた、さっき珍しくご飯中に誰かと連絡取ってたみたいだけど。今週はまた瀬下くんと遊ぶの?」


「ああ、来週は金尾さんと遊びに行ってくる」


「あっそ。ほんと懲りずに毎週よく遊ぶわよね。そんなに毎週瀬下くんと遊んで何してるの……ってえ⁉︎ 金尾さんと遊ぶ⁉︎」


 私は藍斗の口から飛び出したクラスメートの名前に度肝を抜かれてしまった。


「まぁ色々あってな」


 金尾ってあの金尾さんよね? 毎日寝るためだけに学校に来る金尾さんよね?

 私が金尾さんと遊ぶ理由を藍斗に訊いても回答を濁されるので、私はさらに質問を重ねた。


「い、色々ってなによ」


「別に。色々は色々だよ」


 私が二度問いかけても理由を言おうとしない藍斗に対して怒りが募る。怒りというよりは焦りの方だろうか。


 これ以上言及すると変に私が藍斗に気があるみたいに思われるので、めちゃくちゃ気になるが食い下がるのはここでやめておく事にした。


「あっそ。別に興味ないし言いたくないならそれで良いけどっ」


 正直めちゃくちゃ気になる。死ぬほど気になる。私はモヤモヤとした気持ちを抑えながら階段を上り自室へと帰っていった。

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