第14話 好意の定期テスト

 今日は土曜日。土曜日でも陽子さんと隆行さんは朝から仕事があり家の中には私と藍斗の二人しかいない。 

 藍斗はリビングテーブルのイスに座っており、私はキッチンで私と藍斗の分のロールケーキを切っている。


 今普通に私と藍斗の分を切っていると言ったが、藍斗の事を嫌いなフリをしている普段の私なら絶対に私の分しか切り分けない。それなのに、藍斗の分のロールケーキを切っているのには理由があった。

  

 実はこれは定期テストなのである。


 定期テストと言っても学校で行う様な勉強のテストではなくて、藍斗が私の事を嫌いかどうかのテストである。


 ロールケーキを私の分と藍斗の分二つに切り分け、どちらか片方は若干大きく切り分ける。

 そして藍斗の前にロールケーキとフォークを二つ置き、私はキッチンに飲み物を入れに戻る。


 仮に藍斗が私の事を嫌いなら、自分から進んで大きな方を食べるだろう。

 逆に私の事が嫌いではないのであれば小さい方のロールケーキを自分が食べ、大きい方は私に譲るはずだ。


 私は藍斗の私に対する好感度をテストするために定期的に様々なテストを実施しているが、今まで藍斗が私の事を好きな素振りを見せた事は一度もない。

 要するに、藍斗は私が定期テストを始めてからずっと私の事が嫌いなのだ。


 あわよくば私の事を好きでいてほしいなどとは思った事がない。そう思ってしまったが最後、私はこの家からお払い箱なのだから。


 私はキッチンに戻り、飲み物をコップに注ぎながら藍斗の様子を確認する。

 すると、藍斗は大きい方のロールケーキを食べ始めた。


 ……うん、これで良い。藍斗は私の事が嫌いだ。そうじゃなければ私に大きいロールケーキを食べさせてくれるはず。


 私の思い通りである。


 その後、藍斗が二階に戻ってから私はリビングで一人っきり、無言でロールケーキを食べ続けた。




 ◇◆




 夕方、私はお風呂を沸かして入浴を済ませた。


 私はいつも私が藍斗より先に風呂に入ったら私が入り終えた後の風呂のお湯は抜くし、逆に藍斗が先にお風呂に入ったのならお湯を抜いて沸かし直して風呂に入っている。

 それは私が藍斗が入ったお湯には入りたくないし、私が入ったお湯に藍斗には入ってほしくないという意思表示だった。


 しかし、今日は自分が入った後のお湯をあえて残してみた。

 藍斗が私の事を嫌いならお風呂のお湯を沸かし直すだろうし、逆に嫌いじゃないのであればそのままお風呂に入るだろう。


 入浴を済ませた私はリビングへと向かい、いつもは何も声などかけないが藍斗がお風呂に入るように声をかけた。


「上がったわよ」


「……え?」


「え、じゃないわよ。お風呂上がったから入っていいわよって言ってんの」


「あ、ああ。じゃあ俺も入るかな」


 藍斗はソファーから腰を上げ、お風呂に入りに行くためリビングを出た。そして藍斗が洗面所に入った事を確認してから藍斗の行動を確認するために耳を澄ます。

 藍斗が入るときのお風呂はいつも私が入った後でお湯が抜かれて空になっているため、お風呂を沸かしながら頭や体を洗ってお風呂が沸くのを待っている。


 しかし、今日は私が入った後のお湯が残っている。お湯を抜いて新しくお風呂を沸かすのであれば風呂のお湯を沸かすときの軽快なメロディが聞こえてくるはずだ。


 そう思ってしばらく耳を澄ませてみたが、お湯を沸かすときのメロディどころか藍斗が頭や体を洗うシャワーの音すら全く聞こえてこない。

 お風呂に入って物音も立てず何をしているのかと疑問に思っていると、藍斗がお風呂に入ってから10分ほど経過してからお風呂を沸かすときの経過なメロディが聞こえてきた。


 ……なるほど、やっぱり藍斗は私の事が嫌いね。


 これで良いじゃない。これが私の望みなのだから。あわよくば藍斗が私の事を好きだったら、なんて思っちゃいない。


 思っちゃいないんだから……。


「……バカ」


 私は小さく藍斗を罵り自分の部屋へと戻っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る