第13話 バラードソングの次の曲

 くるみがバラードソングを歌っている最中に演奏中止ボタンを押して演奏を止めようかとも考えたがそれは流石に違和感がありすぎる。

 仮に違和感がなかったとしてもそんな事をしたら遊びに真剣なくるみは怒ってくるだろう。


 最悪くるみを怒らせてでもこの曲を止めるしかない。


 とはいえ、やはり最悪の方法には手を出したくないし、どうにかしてくるみが歌っている曲を止める方法はないかと考えるが良い方法は思い浮かばず、俺はなす術なくバラードソングを聞いていた。


 くるみの歌が絶妙に下手な事も気にはなるが、そんな事よりも俺が気になっているのは飯崎の反応である。

 飯崎はくるみのバラードソングを聴きながら、リズムに合わせてゆっくりと肩を左右に揺らしている。


 飯崎がくるみの曲を聞いてにこりと優しく微笑んでいる表情を見ていると何も問題が無い様にも見えるが、あの悲しげな表情を俺はよく知っている。

 飯崎は悲しみを隠す時、決まってあの表情をする。目からは光が失われ、活力を感じられない。そんな飯崎の表情を見れば本当はただ痩せ我慢をしているだけな事がよく分かる。


 俺たちの高校の授業参観はなぜか多くの生徒の親が参加するのが風習となっているのだが、授業参観には俺の両親も仕事で来ておらず、当たり前だが飯崎の両親も来ていない。


 飯崎はその時も誰かに寂しいという気持ちを悟られるのを嫌ってこの表情をしていた。

 飯崎は強い様に見えて実は全く強くない。普通の女子高生だ。


 飯崎の事情を知らないくるみがこの曲を歌うのも仕方がないのだが、そうなるとやはり俺の後悔の矛先は俺自身に向けられた。

 俺が瀬下に誘われた連れションを全力で断ってこの部屋に残っていれば、くるみがこの歌を歌うのを全力で止められたはず。それが出来なかった自分の不甲斐なさに腹が立つ。


 どうすることもできず時間は過ぎていき、くるみの歌は終了した。


「ふぅーー。静かな曲ってのはみんなの前で歌うと恥ずかしいもんだね」


「じゃあ歌うなよ」


「あ? なんか言った?」


 飯崎の気分が少しでも上がる様わざとらしくハイテンションで会話を進めるが、そんな俺たちを他所に飯崎はやはりずっとニコニコしているだけで、テンションが上がる事はない。


 俺はくるみがこの曲を歌う事を止める事はできなかった。なんとかして止めなければならなかったし、俺にはそれが出来たはずだ。そう何度も何度も後悔したが、後悔は後悔でしかない。

 くるみが歌ったバラード曲を無かった事にはできないが、元気がない飯崎を元気付ける事は俺にもできるかもしれない。


 そして俺はカラオケの定番曲で盛り上がること間違いなしの曲を選曲した。


「いぇぇぇぇぇぇい‼︎」


 俺の普段見ない姿に俺以外の三人が目を丸くしている。


「え、なに天井くんってそんなキャラだった?」


「なんか狂ってんなこいつ」


 好きなだけ罵るが良い。俺の目的はくるみと瀬下に楽しんでもらう事じゃない。飯崎を元気にすることだ。

 そこからは正直もうがむしゃらで、その曲を歌っている最中の記憶が無いと言っても過言では無いほど夢中になってその曲を歌いきった。


「天井くん、意外とやるね。あれは未知の領域に到達した人間じゃないと歌える歌じゃないよ」


「ああ。こいつぁやべぇな」


 俺の事を好き放題言っているくるみと瀬下をよそに、俺は飯崎の方に目をやった。


「ふんっ。馬鹿じゃないの」


 結局罵られる俺だったが、飯崎の表情は先程の作り笑いではなく、いつも通りの飯崎の表情に戻っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る