第12話 友人からの地獄への誘い

 1日の最後の授業を終えた俺は飯崎にシャーペンを返して帰宅しようとしていた。

 まさか飯崎からシャーペンを貸してもらえるとは思っていなかったが言ってみるもんだな。飯崎、実は俺の事が好きだったりして。


 なんてあり得もしない調子の良い事を考えながら教室を出る。

 飯坂からシャーペンを借りるというあり得ない事態が発生した俺の心は間違いなく舞い上がっていた。


 面倒臭い授業を全て終えて教室を出て解放感を感じて腕を天に突き上げて伸びをする。

 やっと家に帰れると気を抜いていたところで俺は後方から声をかけられた。


「あ、天井くーん‼︎ カラオケ行かない?」


 俺に声をかけてきたのは同じクラスの柳瀬やなせくるみ。

 所謂超絶ぶりっ子キャラのせいで同性からは嫌われがちかもしれないが、俺はぶりっ子キャラ、嫌いじゃない。


 ほら、上目遣いで釣ってこいよ‼︎ 簡単に釣られてやるぜ‼︎


「すまん。今日は疲れたから帰るわ」   


 今日は飯崎にペンを貸してくれとお願いすることに全ての労力を使ったので、もう俺には体力が残されていない。

 それに体力が残っていたとしても俺がカラオケへの誘いに乗り気になることはない。


「……」


 え、なにこの間。怖いんですけど。これって断れたってことでいいの? 


 なんで無表情で黙り込むんですかくるみさん。断れたの? 断れてないの? 黙り込むとか卑怯だぞ‼︎

 

「あ、天井くん‼︎ カラオケ行かない?♡」


 くるみは先ほどの俺との会話を無かった事にして、先程よりもさらにぶりっ子加減を上げて俺をカラオケに誘ってきた。

 いや今断ったじゃないですか。カラオケには出来れば行きたくねぇし。何これもしかしてどれだけ断っても絶対断れないやつ?


「いや、ごめん俺今日は帰る……」


「天井くん‼︎ カラオケ行かない?♡♡」


 なぜだろう。さっきよりも♡が一つ増えた気がするのは。

 カラオケなんて行きたくないってのが本音ではあるが、これはもう絶対断れない類の誘いだ。そう思った俺は観念して交換条件を提示することにした。


「まぁ飯崎を呼ばないって言うなら行ってもいいけど」


 俺がくるみに飯崎を呼ばないという交換条件を提示したのには理由がある。


 くるみと飯崎は非常に仲がいいのだ。


 高校に入学したばかりの飯崎は羽実子さんを亡くしたショックで塞ぎ込んでおり、来る人寄せ付けず、といった雰囲気を放っていた。

 そんな飯崎に弾丸の様に突っ込んでいったのがくるみだ。


 最初は飯崎もくるみの事を煙たがっていたのだが、くるみは飯崎に突っ込んでいくのをやめずに何度も何度も飯崎に突撃していった。

 懲りないくるみの事を鬱陶しがりながらも、流石の飯崎もくるみの根気に負けていつしか2人は友達になっていた。


 ちなみに俺がくるみの事を下の名前で呼んでいるのは仲が良いからとか好きだからとかそんな浮ついた理由ではない。

 柳瀬と呼ばれるよりも、くるみと呼ばれた方が可愛いからくるみと呼んでほしいとの本人からのお願い……、いや、命令だ。


「やったぁ‼︎ じゃあ瀬下と莉愛ちゃんも誘ってくるね〜」


「おう……ってちょっと待て⁉︎ 俺の話聞いてたか⁉︎」


 俺がくるみを引き止めようとするよりも先に、くるみは早足で飯崎の元へと向かい、飯崎に声をかけた。

 飯崎は一度俺の方へと目をやり、とても嫌そうな表情を浮かべたものの、コクリと縦に頷いた。


 俺が飯崎を、二人でカラオケ行こうぜ、と誘っても、俺のことが嫌いな飯崎はまず間違いなく拒否するだろう。

 それは大人数でカラオケに行くときも同じで、人数は関係なく俺がいるカラオケには行きたくないはずだ。


 それでも、俺は飯崎がくるみにカラオケに誘われたらその誘いを断る事はできない事を知っている。


 それは他でもない、くるみの頼みだからだ。


 飯崎はくるみに対して恩を感じている部分がある。塞ぎ込んでいた飯崎とが現在の様に元気に過ごせているのはくるみのおかげでもあるからだ。

 なので、飯崎がくるみに声をかけられて、迷う事なくコクリと頷くのは予想していた。


 俺と飯崎が仲悪いの知ってて何でくるみは俺と飯崎を一緒に遊ばせようとするんだろうな。心の底から迷惑なんだが。


「大変だな。お前も」


 そう言ってポンっと俺の肩を叩いてきたのは今しがたくるみが呼びに行ったはずの瀬下遥太せしたはるただ。

 瀬下は俺とくるみが会話していたのを見ていて俺に声をかけてきた。


 瀬下とは高校に入学してからの付き合いだ。そもそも俺は飯崎の事情を知っている奴がいない高校に入学するために家から多少距離のある高校に通っているので、高校以前からの付き合いの奴はこの学校にはいない。


 なのでこの学校には飯崎の親の事を知っている生徒や俺と飯崎が同じ家に住んでいることを知っている生徒はいない。


「ああ。お前の幼なじみのせいでな」


「俺もあいつには苦労させられてんだよ」


 瀬下とくるみも俺たち同様幼なじみらしいのだが、これまた俺たち同様瀬下とくるみはあまり仲が良くないらしい。 

 瀬下は長身である程度顔も整っているので女子生徒に告白をされてもおかしくないだろうに、くるみがそばにいると女が寄ってこないようだ。

 

 ……まあ流石にくるみが裏で手を回してるとかはない……よな。そんな怖い奴じゃないだろ。

 くるみは可愛いし、そんな奴がずっとそばにいれば他の女子が寄ってこないのも仕方がないって事なんだろう。


「まぁお互い頑張ろうぜ」


 それにしてもカラオケか……。カラオケは行きたくないんだよなぁ。特に飯崎と一緒には。




 ◇◆




「フォウ‼︎」


 曲を歌い終えテンションが上がったくるみは興奮気味に声を発している。

 正直今日一緒にカラオケに来たメンバーの中でくるみのテンションについていけている奴はいない。


「よし、莉愛ちゃん次は天井くんとデュエットのね‼︎」


「ちょ、ちょっとなに言ってるの⁉︎ 私あいつとデュエットとか絶対しないからね⁉︎」


「えー、いーじゃんかー。ほら、天井くんもいいって言ってるし」


「いや、いいって言ってないじゃない」


「いいけど?」


「いいの⁉︎」


 普通なら飯崎と仲良しこよしでデュエットなんて絶対にあり得ない。中学時代の仲が良い俺たちならあり得たかもしれないが、今の俺たちが二人仲良くデュエットを歌う事は普通に考えればあり得ないのだ。


 しかし、俺が飯崎とのデュエットを了承したのにはやむを得ない事情があった。


「ほら‼︎ よし、じゃあ入れるね‼︎」


「え、本当に⁉︎ アンタなに考えてんの⁉︎」


「特になにも」


「なにも考えてないんかい‼︎」


 そしてアップテンポの曲が始まる。くるみの選曲なのだろうが、誰でも知っていて盛り上がれそうな曲をピンポイントでピックアップしているあたり遊びには抜かりがないな。

 その抜かりの無さをもう少し、ほんの少しでいいから勉強に回してくれれば成績も上がるだろうに。


 仲が悪い飯崎とのデュエットなんて心の底から楽しめるはずもないし、歌い始めから歌い終わりまで終始緊張しながらも、俺は飯崎とのデュエットをそつなくこなし完走し切った。


「いいねいいね二人とも‼︎ なんかカップルみたい」


「バ、バカじゃないの⁉︎ 私とこいつがカップルなんて考えただけで虫唾がはしるわ‼︎」


 虫唾が走るほど嫌いなんかい。嫌いなのか嫌いじゃないのかどっちなのかね……。

 ことあるごとに俺を罵るような酷い女にここまでしてやるなんて俺も情けをかけすぎだろうか。


「天井、ちょっとトイレいかね?」


「……いや、俺はやめとく」


「えー、連れションしようぜー。二人仲良くしょんべん垂れ流そうぜ」


「垂れ流すな。気持ち悪い」


「もうだめだ、我慢できない‼︎ いいからこい‼︎」


「え、ちょっと待てって‼︎」


 そして俺は瀬下にトイレへと連れ去られた。


 こんな事をしている場合じゃないとはいえ、ただの連れションを断りすぎても不自然がられてしまう。


 やむを得ず、俺は瀬下と二人でトイレに向かった。

 そしてトイレに到着して二人並んで小便を垂れ流していると、瀬下が唐突に訊いてきた。


「お前らってさー、なんで仲悪いの? 幼なじみなんだろ?」


 瀬下が疑問を持つのも無理はない。普通幼なじみってのは誰よりもお互いの事を理解し合っており仲が良いのが普通だ。


「幼なじみだからって仲良いとは限らないだろ。お前らだってそうなんだから」


 瀬下に返答するのは簡単だった。俺たちだけでなく、瀬下たちもあまり仲が良い訳ではないからだ。


「まぁそれもそうか。なんか不思議だよな。お互いあんまり仲良くないのにこうして一緒に遊んでるんだから」


「……確かにな」


 瀬下の素朴な疑問に賛同しながら小便を終えて手を洗い、トイレから部屋に戻って俺は後悔した。


 くるみが歌っていたのは亡くなった人の事を思い出させる様なバラード曲だったのだ。

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