第11話 想いが詰まったペン

 なぜ私は昨日、藍斗の事を突き放さなかったのだろう。なぜ嫌いじゃないと、そんな事を言ってしまったのだろう。


 私の目的は藍斗に嫌われる事。そうする事で私が藍斗を好き過ぎて告白をして拒絶され、天井家を追い出されるという最悪のシナリオを回避している。


 その目的を達成するには、間違いなく「嫌いじゃない」などという言葉を藍斗に言うべきではなかった。

 

 私が天井家という居場所を失わないためには昨日の発言を撤回する必要がある。

 そのためにどうしたらいいのか、考えに考え続けた結果、次の日に嫌と言うほど藍斗を遠ざける事にしようと決めた。


 そして翌日の教室、私は自分の隣の席に座っている藍斗になんとかして私が藍斗を嫌いだという意思を見せつけなければと意気込んでいるのだが……。

 私の左隣の席に座っているこの男、なぜか私の事をジロジロと見てきている。


 普段藍斗は私と目を合わさない様にわざとらしく窓の外を眺めている。あれは絶対わざとだわ。あれがわざとじゃないっていうなら先生の話を聞くのが面倒くさいだけの落ちこぼれじゃない。


 それなのに、何故今日に限って藍斗は窓の外を見る事もなく私の事をジロジロと見つめているのだろう。

 疑問は消えないが、これはチャンスでもある。藍斗が私のことをジロジロ見てきているのに乗じて藍斗を罵ってやろう。


「なにジロジロ見てんのよ。キモい」


 私はアンタが嫌いだ、と強い意志を持ってキツめの言葉を投げかける。


「あのさ、筆記用具忘れたんだけどなんかペン貸してくんね?」


 私が無理して藍斗の事を罵ろうとしているのに、この男は私の罵声など気にも留めないといった様子で私にペンを貸してくれとお願いしてきた。


 こんな時に限って筆記用具を忘れて、普段話しかけてこない私に話しかけてくるなんてそんな間の悪い事があるだろうか。


 知ってるんだからね。アンタが筆記用具を忘れた時、隣の席にいる私じゃなくて態々友達に借りにいってる事。別にそれくらいなら話しかけてくれれば貸してあげるのに……。


 私の気も知らないでアホ面で話しかけてきた藍斗に私はイライラしながらも、キツめの言葉を投げかけ続ける事にした。


「は? そんなの忘れるアンタが悪いんでしょ。一日くらい我慢しなさいよ。どうせ勉強なんかしなくてもアンタなら大丈夫でしょ」


 ペンなんか貸してやるもんか。藍斗は昔から頭脳明晰で色々なところで起点が利く奴だった。一日やそこらペンが無くたってきっと支障はないはずだ。


 あれ、と言うか今私、ナチュラルに藍斗の事褒めたよね? アンタなら大丈夫、とか言っちゃってたよね⁉︎


 はぁ……。最近明らかに気が抜けている。もう一度気を引き締め直さないと。


「……これ」


 そして私は藍斗にペンを渡した。


 ……え、ちょっと何やってんの私⁉︎


 今まさにもう一度気を引き締めなおそうって決めたばっかりだよね? 藍斗には冷たくするって決めたよね⁉︎ 何で自然とペン差し出してんの⁉︎


「……え?」


 藍斗が驚くのも無理はない。言葉では貸さないと言っておきなからすぐに手のひら返してペンを机の上に置かれたら何がなんだか訳も分からないだろう。

 私、本当にどうかしてる。藍斗に優しくしたらダメだと分かっているのに、いつの間にか行動に現れてしまっている。


 それに、今藍斗に貸したあのシャーペン、実はママが生前私に買ってくれたシャーペンなのだ。

 同じ種類のシャーペンで、外見の色が違う物を三本。ピンクと緑と水色と。


 ピンクは私、緑色はパパ、水色はママ。


 ママが生前私のために買ってくれていたペンをママが亡くなってからしばらくしてから陽子さんから受け取った。

 陽子さんから聞いた話だが、ママは死ぬ前に私に何か形として想いがこもった物を、私の役に立つものを残してあげたいと考えていたらしく、それがこのシャーペンだ。


 恐らくこのシャーペンは藍斗以外の誰に頼まれたとしても貸す事はないだろう。

 逆に言ってしまえば藍斗だから貸しているという事にもなる。

 嫌いにならなければならないと分かっているのに、どうして私はこれ程までに藍斗のことが好きなのだろうか。


「消しゴムもちゃんと付いてるやつだから」


「いいのか?」


「シャーペン三本持ってるから」


「……ありがとう。それで、色ペンも足りないんだけど?」


「贅沢言うな‼︎」


 調子に乗った藍斗に一喝しながらも、久々に藍斗と学校である程度普通に会話ができた私の心は踊っていた。

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