2章 二人の変化

第10話 昨日の姿は何だったんだろうか

 学校は嫌いだ。正直学校で勉強をしていなくても教科書を見て勉強すればある程度の内容は理解できるし、学校に来るまでの労力と家に帰るまでの労力を考えたら家で自習をしている方がよっぽど効率がいい。


 今日もボーッとしながら空でも眺めて過ごすかな……。

 なんて考えていたのだが、俺は今日、筆箱を忘れた。要するに筆記用具が何もないのだ。


 まあ先生の話をまともに聞く気はないし、仮に内容が頭に入ってこなくてもテスト前に教科書を見て勉強すればそれで済む話なのだが、流石に机の上に筆記用具を出していないとなると先生に目を付けられる可能性が高い。


 そうならないためには誰かに筆記用具を借りなくてはならないが、俺が座っている席は教室の一番後ろの窓側の席。声をかけられるとしたら前の席に座っている生徒か右隣の席に座っている生徒だけになる。


 俺の前の席にはクラスメイトの金尾侑芽かなお うめが座っている。こいつに物を頼むのは無理だ。


 窓の外をボーッと眺め続けている俺はよく睡魔に襲われ、膝を机について顎を支えながら眠っている事がしばしばある。

 そんな俺が先生に注意をされないのは俺の前の席に金尾が座っているからだ。


 こいつ、俺より寝てるからな。というかもう学校に到着した瞬間睡眠を始めて、なんなら帰るまで起きない。それでいて何故か成績は良いのだから不思議なもんだ。


 1日中眠っており金尾に声がかけられないとなると、俺が声をかけられるのは右隣に座っている生徒になる訳なのだが……。

 俺の隣には頬杖をついて先生が話している方向を眺めている幼馴染、飯崎莉愛が座っている。


 俺たちが学校でも頻繁に喧嘩をしてしまうのはこの席順のせいだ。せめて俺と飯崎の席が離れてくれていれば学校は俺にとって安息の他になるというのに……。


 これまでも何度か筆記用具を忘れた事はあったが、飯崎に筆記用具を貸してくれとお願いする事はなく、態々休み時間に友達に頼みにっていた。

 今日も当然の様にそうしようと考えていたのだが、俺の脳裏には昨日の出来事が浮かんできた。


 ……もしかすると今日なら俺が飯崎に筆記用具を貸してくれとお願いすれば貸してくれるのではないか?


 そう思ったのは昨日の一件があったからだ。何がなんだかよく分からないが、どうやら飯崎は俺のことが嫌いじゃないらしい。

 俺はてっきり飯崎は俺の事が大嫌いだと思っていたのだが、本人が嫌いではないと言うのだから本当に嫌いではないのかもしれない。


 嫌いじゃないって言うなら俺がお願いしたらペンくらい貸してくれるよな? 

 仮に俺が飯崎にペンを貸してくれとお願いして貸してくれないとなれば、飯崎の昨日の発言は嘘だったという事になる。


「なにジロジロ見てんのよ。キモい」


 あれ、やっぱり俺のこと嫌いじゃね? 普通は嫌いじゃない人の事をキモイって言わないよな?

 いや、でも俺は昨日確かに飯崎崎の口から聞いたんだ。俺の事が嫌いではないと。


 俺はその発言の真偽を確かめるために、飯崎にペンを貸してくれとお願いする事にした。


「あのさ、筆記用具忘れたんだけどなんかペン貸してくんね?」


「は? そんなの忘れるアンタが悪いんでしょ。一日くらい我慢しなさいよ。どうせ勉強なんかしなくてもアンタなら大丈夫でしょ」


 やっぱ嫌いだわこれ。飯崎、絶対俺の事嫌いだわ。嫌いじゃなかったらこんな冷たい事言う訳ないだろ⁉︎

 期待した俺がバカだった……。飯崎ら羽実子さんが亡くなってしまったあの日から一年以上俺の事を嫌ってるんだぞ? それがそんなすぐに解消される訳もねぇよな……。


 --いや、待てよ? 飯崎さん、今俺のこと褒めてたよね? アンタなら大丈夫でしょって。

 飯崎は今まで俺のことを罵る発言ばかりで、認める様な発言は一度もしてこなかった。


 これはとても些細な、微妙な変化ではあるのだが、俺にとっては明らかな変化である。


「……これ」


 多少なりとも認められたとは言え、ペンを貸してはくれなかったのはどうする事もできない事実。

 そんな事実に落ち込んでいると、飯崎の小さな声と共に俺の机に何かが置かれる音が聞こえた。


 俺は急いで顔をあげる。


 するとそこには一本のシャーペンが置かれていた。


「……え?」


「消しゴムもちゃんと付いてるやつだから」


 な、なんで? さっきはキモいって言ってたじゃねぇか。俺キモいの? キモくないの? どっちなの?


 しかも、ただペンを貸してくれただけでなく、筆記用具を1つも持ってきていない俺の事を考えてか、飯崎は消しゴム付きのシャーペンを貸してくれた。


 先程俺の事を褒める様な発言をしたのに加えて見せてくれた飯崎の明らかな変化に俺は心が躍る。


「いいのか?」


「シャーペン三本持ってるから」


「……ありがとう。それで、色ペンも足りないんだけど?」


「贅沢言うな‼︎」


 流石に調子に乗りすぎだった様で色ペンは貸してくれなかった。

 それでも、俺は飯崎がシャーペンを貸してくれた事に飯崎の変化を実感した。


 普段はまともに聞かない先生の授業も、飯崎が貸してくれたシャーペンで文字を書きたい一心で真面目に聞いてノートを取り始めた。


 どうやら俺は思った以上に飯崎の事が嫌いではないらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る