第7話 入るなと言われたら入りたくなるもんだよ

 飯崎が涙を流している姿を目にした俺は飯崎が2階に走り去ってしまい誰もいなくなった一階を、顎に手を当てて考え事をする様にただひたすら歩き回っていた。

 玄関からリビング、リビングから洗面所、そして洗面所から玄関に戻るという周回コースを回った回数は既に10を超えている。


 いや、なんであいつ泣いてたんだよ。訳分かんねぇよ。俺が悪いのか? やっぱ俺が悪いのか?


 飯崎が何故俺に仕返しをされて涙を流したのか、考えれば考えるほど頭が混乱していく。

 冷静になって考えてみようと思い立ち止まって大きく深呼吸をしてから、頭の中を整理するために今の状況を口に出してみた。


「何故飯崎が泣いたのか……。まず、飯崎は俺のことが嫌いだろ? ……」


 はい終わりましたっと。一番最初で躓きましたっと。


 そう、飯崎は俺の事が嫌いなのだ。同じ空気を吸いたくない程に俺の事を嫌っているのだ。それが全ての答えなのである。


 例えば俺と飯崎が本物の兄弟なのであれば、飯崎が俺の事を嫌いだとしても家族として嫌いになりきれない、なんて事もあるだろう。それならまだ嫌がらせの仕返しをされて飯崎が涙を流す理由も分からんでもない。

 しかし、飯崎は俺が嫌いなんだ。心底嫌いなんだ。大嫌いなはずなんだ。そこだけは勘違いするはずがない。


 その大前提があるだけに、飯崎が涙を流した理由をどれだけ考えても答えに辿り着く事ができないでいる。


 俺の方から謝罪に行って頭を下げた方が良いのだろうか。

 いや、それも飯崎を逆撫でするだけで逆効果かもしれない。大体毎日喧嘩をする程仲が悪いのに今更謝罪をするのも何か違う気がする。


 でも謝罪以外に方法が見当たらないんだよな……。


 いや、落ち着け俺。今は羽実子さんのお葬式以来見た事がなかった飯崎の涙を見たせいで変な情けをかけてしまっているが、そもそも俺も飯崎の事は嫌いになったはずじゃないか。


 飯崎の涙を見て焦ってしまったが、仲が良かった俺の事を侮辱するような発言をしてみせた飯崎を許した訳ではない。


 それなら俺から飯崎に謝る必要もない。強気でいればいいんだ。


 そして俺は自室に戻るために階段を忍び足で登る。強気でいればいいんだと意気込んですぐ、忍足で飯崎に気付かれないよう階段を登っている辺り決意の弱さが見受けられる。

 気配を消しながら階段を登り切った俺は飯崎の部屋の扉の前に到着した。


 いや、到着したじゃねぇよ。今さっき吹っ切れて自分の部屋に帰ろうとしてた奴が何で飯崎の部屋の前に立ってんの? 飯崎の部屋に来てどうしたいの?


 ……はぁ。どうやら俺は飯崎に謝罪をしたいらしい。


 どこまでいっても情けってのは消えないもんだよなぁ。何かのアニメで言ってた、戦場では情けを捨てなきゃ自分が死ぬぞ、って言葉の意味が今なら分かる気がする。

 戦場と高校生の人間関係一緒にすんな、って声が聞こえてきた気がするが気にしないでおこう。


 よし、いつまでもウジウジしてたって埒があかないよな。


 いっちょ思い切って開けてやりますか‼︎


 そして俺は扉を開いた。自分の部屋の扉を。


 ごめんごめん本当にごめん土下座でも何でもしますなんでもしますからぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎


 結局直前で弱気になってしまった俺は飯崎の部屋の扉を開ける事ができなかった。本当意気地なしだわ。これなら飯崎に見限られるのも仕方ねぇのかもな……。


 そんなことを考えながら俺は情けなく自室の床を転がり回っているが、せめてもの努力で部屋の扉にかけていた「家族以外立ち入り禁止」の表札を外したことだけは褒めてほしい。


 自分に苛立ちしばらく自室の床を転がり回っていると、扉が開く音がして俺は転がるのをやめて扉の方を向く。天地がひっくり返った状態の視界に入ってきたのは……。


「……何してんのよ」


 ええっと、あ、分かった。キサイイさんですね。うん、天地ひっくり返ってるから。


 バカ‼︎ クソ‼︎ 逆から見てるとはいえ、どう見たって飯崎だろぉ‼︎

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